Fox&Monkey


  

 二人にとって、ゆかた姿は初めてではない。旅行らしきものも二人きりという点を除けばあった。それはインターハイやら遠征、もしくは合宿であって、周囲に誰も知り合いがいないという旅行は確かに初めてのことだった。
 そう思ったら、花道には流川のゆかた姿も新鮮に思えるのだ。二人で湯船につかるのも畳の上もふとんも珍しくないはずなのに。
「…のぼせた…」
 ごく普通の口調で流川が呟く。外の冷たい空気の方がましらしく、ゆかたのまま露天風呂に近づいた。湯船の縁に腰掛けると、素足の指先がはっきりと見える。自分たちには丈の短いそれがおかしくて、足が冷たくないのか不思議に思う。
「…寒くねーの?」
「……さみー」
 けれど、頭がボーっとするらしい。
 いつもと入浴時間が違ったのだろうか。露天風呂だからだろうか。それとも、いろいろ考えていたからだろうか。そんな考えが浮かんで、花道はまた赤面した。自分はこんなにも舞い上がっているのに、落ち着いた流川の声に少し腹が立っていたのだ。けれど、もしかしたら自分だけではないのかもしれない。
「ギャーーっ!」
 突然頭を抱え込んで叫んだ花道に、流川はビクリと肩を上げた。
 自分に付き合って外にいるらしい花道を見て、流川は心の中で笑った。
「……やっぱ気がおかしくなったんだな、てめー」
「ち、ちがーう!」
「……もーいい」
 流川の言葉はよくわからなかったが、部屋の中に戻る姿にホッとした。
 冷静に見えても、流川もまだ18歳で、こういうことには慣れていないのだ。

 まっすぐにふとんに入った流川は、そのまま顔まで埋めてしまった。今度は寒さに耐えられなくなったのだろうか、と花道は思いながら、しばらく動けなかった。
「テレビ消せ、どあほう」
 低い声での命令形だったが、ここに来たときほどトゲはなく感じた。花道はそう言われてやっとテレビがついていたことに気が付いた。ここは家とは違い、バスケットのビデオを流し続けることもできず、それでも沈黙が落ち着かなくて自分がつけたのに。
「お…おぅ…」
 電気も消してよいのだろうか。
 けれど、消したくない気もするので、花道はそのままにしておいた。
 隣のふとんに入っても、流川は身じろぎもしなかった。見下ろしても、真っ黒い髪しか出ていない。それはまだ濡れたままで、おそらく自分もそうなのだろうと思う。
「ルカワ…暖房強くする?」
 花道の流川への声かけとしては、かなり気遣った部類に入るものだったろう。
「…いらねー」
 ようやく流川は花道の方を向いた。けれど、おでこより上が出ている以外は相変わらずのまま、冷たい足を花道のふとんに押し込んだ。
「つめてっ」
「…てめーもな」
 しゃべりながらも、流川は顔を出さない。やっぱりどうやら照れている…そう思うと、花道の体温は上がった。
 花道は自分の両足を流川の体に絡め、引っ張った。それはうまくいかず、すぐに両腕を背中に回す。流川は顔を見せないまま、花道の腕の中に収まった。
「てめー…ほんとに冷え切ってんじゃねーか」
 流川は黙ったまま、冷たい手のひらを花道のゆかたに巻き込んだ。足は自分より温かい花道の足と重ね、じんわりと暖まるのを待った。
 二人ははっきりと記憶していなかったが、流川が花道宅に泊まるようになったきっかけは、この温かさだった。
 この2年ですっかり馴染んでしまった互いの体温を、再確認した。たとえこれから場所が変わっても、自分たちは変わらないのではないかと思えた。
 流川の柔らかいため息をきいて、花道も深呼吸した。


 


温泉宿でのうにゃうにゃ(?)を書こうと思ったけれど…
オバさん照れちゃった(笑)

2007. 3. 13 キリコ
  
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