Fox&Monkey
卒業式の前日は、季節が飛んだかのような春らしい日だった。式の予行演習で、3年生が全員集まる。大人数の登校風景が、花道には何となく懐かしく感じられた。
流川は自分のクラスで出席を取り終わったあと、教室から体育館への移動の間に抜け出した。だるい、というのが大きい理由だが、こんな気持ちのいい日にバスケット以外で体育館にこもりたくなかった。
屋上は、流川の想像通り暖かかった。
しばらく渡り廊下あたりでにぎやかな声が聞こえていたが、その後は体育館の中からはっきりしないマイクの声が響いた。流川は自分は関係ないという表情をして、ゆっくりと目を閉じた。「やっぱここか…」
頭の上の方から聞こえた声に、流川は目を開けなかった。
「…うるせー」
「お…何人たりも……ってのは言わねーの」
花道の言葉に流川の方が驚いた。そういえば、最近そういうことがなかった。
隣に座る気配を感じたが、流川はそのままでいた。
「ま、おめーがよ、あの列の中にいるとは思わなかったんだけどよ」
それはこちらのセリフだ、と流川は思う。花道もきっと屋上へ来ると確信していたから。
「ここで昼寝できんのも、今日が最後だもんな…」
遠く前方を向いて話しているらしい花道の声は、流川の瞼をようやく開けさせた。
「…最近てめーは「最後」ってよくいいやがる」
「……そっか?」
花道がそういうことを気にしたりするだろうことは、流川にも想像できるようになった。確かにこの学生服を着るのもあと1日だし、屋上に来ることもなくなる。けれど、流川には花道ほど感傷に浸ることはできなかった。
「…昼寝の場所が変わるだけ…」
流川はそういう考え方をする。自分のいる場所が変わっても、自分のすることは変わらないのだから。
花道にもこんな流川の考えがわかるのだ。わかっていても、そこまで割り切れないのだ。これは仕方がないのかもしれない、と花道は思う。自分の考えを押しつけてまで、とも思うし、自分の言葉で180度意見を変えるほど柔軟すぎる相手はたぶん物足りないと思うから。
「ま…それでも結構付き合ってくれてるもんな…」
何か結論めいた花道の科白に、流川は眉を寄せた。
天上天下唯我独尊といわれるあの流川が、文句を云いながらも自分のわがままに対応してくれてる、それはとても凄いことだと、花道は感動するのだ。
「…にしても、てめーと最初に会ったときは「天敵」と思ってたんだけどなァ」
それがここだった、と花道は付け加えた。
流川は目を閉じたまま、そういえば、と心の中で頷いた。
昼寝のことだけではなく、花道の感傷がそこにあったのか、と気づいた。
「おい」
流川は声のかけ方がわからず、ただ花道が並んで寝ころぶよう引っ張った。
ぼんやりと空を見上げると、春らしい今ひとつすっきりしない中にも青空が見えた。
「…今日は……あったけーなぁ…」
花道はそういって目を閉じる。目を開けていると、涙が浮かんでくるのがばれるから。
それに気づいた流川は、また何も言えないでいた。
目を閉じたまま、流川は花道の手を探す。冷たいコンクリートから、花道の暖かい手のひらにぶつかったとき、流川はその手に力を込めた。
握り合った手のひらが一体化したように感じられたとき、流川は目だけで花道を見た。想像通り鼻を赤くする花道に、流川は小さなため息を一つついた。
流川は開いている手で花道の顔を力強く引っ張った。驚いた花道の開いた口に、この屋上での最後のキスをした。