Fox&Monkey


  

 卒業式の予行演習が終わったとき、花道と流川はまだ屋上にいた。ざわついた声が聞こえ、それぞれが教室に戻る気配がする。もう昼食の時間だった。
「…腹減ったなぁ…」
 手を握り合ったまま、花道はいつもの声で呟いた。もうそんな時間なのだ。
「ルカワ…メシどーする?」
「…食う」
「いや、そうじゃなくて…」
 ちょうどそのとき、屋上への階段を駆け上がる音が聞こえ、花道は慌てて起きあがった。
 見えた姿に安心したが、花道は自分の背中で流川の手を放した。
「花道、ここにいたのか。体育館でお前らが見えなかったしよ」
 苦笑を含んだ洋平の声に、流川は目を閉じた。桜木軍団はきっと花道を迎えに来たのだと思ったから。
「花道ぃ、食堂行こうぜ。弁当持ってないだろ?」
「…あ、ああ…」
 桜木軍団と流川の間にいる花道は、それぞれに顔を向けて返事を躊躇った。
「…行けば」
「え…ルカワ…は…?」
 流川はため息を一つついて、小声で言った。
「「最後」なら…軍団と食え。俺は「桜木軍団」じゃねぇ」
 突き放すような言い方に、花道はかえって戸惑った。明日はきっと昼食はない。高校生活の昼休みは今日が最後なのだ。
「俺は弁当あるから」
 花道の返事を待たず、流川は花道の足を蹴飛ばした。
 その間、桜木軍団はただ笑いながら待っていた。
 未だ寝そべったままの流川を振り返りながら、花道は階段を下りていった。流川は静かになった屋上でため息をついた。空腹を訴えるお腹を満たすものが何もないことに。
「今さら学食にも行けねーし…」
 花道が桜木軍団といるのは仕方ないとしても、自分はそこに一緒にいたくないらしい。なんてつまらない見栄を張ったのだろうか。
 流川は自分に腹を立てた。

 

 昼食抜きを覚悟していた流川の耳に、また階段を上る足音が聞こえた。自分に用とも限らないので、流川はそのまま寝たふりをした。
「流川くん、起きてますか?」
 高い声に驚いて、流川は素直に目を開けた。
 最近、卒業間近なせいか、告白やプレゼントをもらうことが多い。またか、と思わなかったのは、それが比較的聞き慣れた晴子の声だったから。
「ごめんね、起こしちゃって。部員のみんなに配っているの」
 少し離れて腰掛けながら、晴子は紙袋を取り出した。
「あの…焼き菓子なんだけど…流川くん…甘いの、平気?」
 流川はあっさり受け取って、すぐに食べ始めた。
 その様子に晴子は頬を赤くする。それが空腹だけが理由であったとしても、自分の作ったものを、あの流川が食べてくれるなら。
「あ、あ、あのね、その中に写真も入ってるの。この前、部員全員で取ったでしょう?」
 晴子が差し出した大判の写真を、流川は食べながらのぞき込む。確かにそこには、ユニフォームを着た部員が映っている。一列目の正面に安西監督、その両側に花道、流川がいて、その列は数少ない3年生が全員。本当に全員で、ジャージを着た小さすぎる存在に流川は気づいた。
「…マネージャーも映ってたんだ」
 流川の何気ない感想は、晴子を感動させた。写真を撮るときにいたかどうかの存在感もないけれど、自分がマネージャーなのだと流川が認識してくれていたとわかったから。
 ほんの短い時間であっても、憧れの流川と2人きりでいられた。それだけでも、晴子はかなり幸せだった。泣きそうになるのを堪えて空を見上げたとき、流川のお腹が空腹を訴えた。
「…流川くん…ご飯食べてないの?」
「……まだ…」
「あ、ごめんね。邪魔しちゃって…。あの、これ、よかったら食べてください」
 他の部員に焼き菓子のお礼にもらった食堂のパンだった。流川はそのいきさつを知らないまま、受け取った。
「じゃあ…あの…流川くん」
 流川はパンを頬張りながら、晴子の目を見返した。
「アメリカ行っても…体に気を付けて頑張ってください」
「…ああ…ハルコさんも元気で」
 流川の口からサラッと出た言葉に、呼ばれた晴子だけでなく、発した本人も驚いた。
「は……はい…」
 晴子はものすごい勢いで階段を下りていった。廊下に出て、人が見えなくなるくらい涙で溢れ、自分の教室に戻ることが出来なかった。
 
 また取り残された流川は、パンも焼き菓子も平らげた。
「ハルコさん…か…」
 そう呼んだのは初めてで、おそらく最後なのだと流川は思う。
 部活のときはとてもマネージャーらしいのに、自分と2人になると途端におかしな丁寧語で話す相手の気持ちがわからないほど、今の流川は鈍感ではない。けれど、流川にはどうすることもできないので、告白されなかったことにホッとしたのは事実だった。
「今日は……いろいろある…」
 花道と、桜木軍団と、バスケット部の写真と晴子だけで、いっぱいな流川だった。


 


実は書いたのは、半年も前の日付でした…(笑)
たぶん晴子ちゃんのエピソードを入れるかどうかで悩んで、
そのまま放置していたモヨウ…

2007. 8. 10 キリコ
  
SDトップ  NEXT