Fox&Monkey
その日の朝、花道は慣れた仕草でガクランを着た。
「卒業か…」
改めて口に出してみても、花道にはまだ実感は足りなかった。
もう湘北高校の生徒ではなくなる。学校に来ないのだ。それくらいは、これまで見送ってきた赤木たち、宮城たちの経験からわかっているつもりだった。
中学校の卒業式はどうしていただろうか。
あのときは、桜木軍団がいて、そのままみんなで一緒だったから、寂しく感じなかったのかもしれない。それよりも、フラれ続けていた自分に「春が来る」かもしれないと期待の方が大きかったと思う。
「春…」
その名を持った晴子のことではなく、花道は違う相手を思い浮かべた。
自分に、「春」は来たのだろうか。
たぶん、思ってもみなかった「春」が自分に訪れたと花道は笑った。登校中、桜木軍団はいつも通りだった。明るい冗談やからかいが続き、賑やかな道のりだった。
何気ない毎日だったけれど、今日が最後なのだ。
花道は、すでに目頭が熱くなっていた。学校の中は完全な卒業式モードで、卒業生、在校生だけでなく、家族の姿もたくさん見える。校長の挨拶も何も聞こえなかった。送辞も答辞も誰だったのか覚えていない。自分がどこにいるのか、わからなくなりそうだった。
この体育館は、いつもバスケットをするところであり、制服姿でここにいるのが不思議な気がした。もう、あのユニフォームを着ることはないのだ。それから、花道は流されるままに動いた。自分の意志とは関係なく、握手をしていたり、一緒に写真を撮られたり、いつの間にか制服のボタンがなくなっている始末だった。
「花道、ぼんやりしすぎだぞ」
洋平のからかいも、花道の耳を素通りした。
バスケ部の写真撮影のとき、その日初めて流川に出会った。遠目では確認していても、話す暇もなかったのだ。
「あ…」
花道の口がちゃんと開く前に、また腕を引かれてしまう。流川は流川で離すまいとされているのか、花道を見ても近づいてくることができないようだった。
そうなるだろうと思っていたけれど、もしかしたら今日は一言も口を利けないのかもしれない。
花道はまた、静かに洟を啜った。一方、今日ほど自分が周囲からの視線をうっとうしいと実感した日はないと思いつつ、不機嫌の極みにいた流川は、ようやく見合った花道の表情に少し驚いた。
もっと、叫んだり、大声で目立ったり、賑やかにするのかと思ったのだ。けれど、愛想笑いを浮かべたままの彼は、いつもよりしんみりとして見えた。
声をかけるべきなのか、いやそれよりも自分はこの男を放っておいてよいのだろうかとさえ思い悩んだ。けれど、それは周囲によって阻まれる。それらを力強く振りほどくこともできないでいた。近くにいるのに近づけない状況に、流川は戸惑った。結局、慌ただしい卒業式は終わり、花道も流川も一言も会話できないまま、それぞれの流れに乗せられてしまった。
卒業式とか…もう忘れちゃったなぁ(笑)