Fox&Monkey


  

 流川は帰宅した後、荷物だけ置いてすぐに飛び出した。
 卒業式自体は午前中に終わったが、その後のつかまり具合や挨拶回りなどしていたら、すでに夕方になっていた。
 花道は、帰っているだろうか。
 もしかしたら、桜木軍団といるかもしれない。
 たとえどうであっても、流川は花道に会いたかった。

 他人に興味が湧くことがあると思いもしなかった。中学校の卒業式も、高校に行ってバスケットをする、としか思わなかったから、寂しいとも感じなかった。周囲が泣いているのがわからなかった。
 花道には昨日会っている。それなのに、久しぶりのような気がしてくるのが不思議だ。「会いたい」と思う自分がおかしくて、花道のあの表情ばかり思い出してしまう自分を嗤うのだ。
 高校生だった自分は、バスケットを続けることができ、アメリカへ行くことを決めた。それだけで十分、中学時代の夢を叶えていると思う。それだけでなく、自分はあの男と出会えた。自分が恋愛することなど露ほども想像していなかったのに、相手が男でしかも天敵だった奴なのだ。
「…おかしー」
 花道のアパートへ向かいながら、流川はこれまでのことを思い出した。過去を振り返ることは滅多にない。けれど、花道との軌跡は、何度思い出しても不思議で、胸が暖まることなのだ。

 

「桜木?」
 花道は、1人で部屋にいた。まだ、ガクランを着たままだった。
「…ルカワ?」
 突然現れた相手に、花道は両目を見開いた。
「…寝ぼけてんのか?」
「あ……いや…さっきまで洋平たちがいて……おめーが急にいたから…」
 薄暗い部屋で電気もつけず、花道はぼんやりと座っていた。
 すぐに俯いたけれど、さっき見た瞳はやはり赤かった。
「…てめーは……卒業、嬉しくねーの?」
「………嬉しいものなのか?」
「…あの成績で留年しなかっただけでも、すげーじゃねーか」
「………そういうもンか?」
 花道が俯いたまま少し笑った。そのことに、流川は妙に安堵した。
「卒業ってのは……一つの区切りだって…言ってたな」
「……誰が?」
「……校長…かな」
「…もう忘れた…」
「高校生じゃなくなっても、俺たちはバスケする」
 流川がかなり饒舌なことに、花道はなかなか気が付かなかった。流川なりに気を遣っていたことに、後から感謝した。けれど、このときは、流川のような割り切りができなくて、花道は返事ができなかった。女々しいと思われるのは癪だけれど、今更な気もするのだ。
「桜木…」
 流川は、花道の両頬を両手で包み、顔を上げさせた。
「……なっ」
「……ガクラン」
 短い言葉だったけれど、流川の言わんとすることが花道にはわかった。
 流川は、自分の女々しさに歩み寄ってくれているのだろうと思う。思い出作りがスキで、「最後」に拘ってしまう自分。そんな自分に、流川は付き合ってくれているのだ。
 なんと愛しい男なのだろうか。
「ルカワッ」
 花道は、情けない声を出して、流川に抱きついた。
 最後の制服姿の流川と、できれば一緒に写真を撮ったり、できれば一緒に帰りたかったと花道は今でも思う。そして、強気に出なかった自分を恨んでいた。
「……俺は、バレたくねーっつったろ」
 花道の肩に頬を乗せながら、流川はポソリと呟いた。まるで花道の心を読んでいたかのように。
「…へっ?」
「……ここでなら、写真撮ってもいい。手、繋いでもいい。何してもいい」
 勢い良く話す流川の言葉を理解するのに、花道には時間がかかった。
 また、今日何度目かの涙が浮かんできて、花道はギュッと目を閉じた。

 使い捨てのインスタントカメラを使って、2人は何枚か写真を撮った。
「撮れてンの、これ?」
「…知らねー」
 何度かくっついてみたり、上や下からと撮してみたけれど、現像するまでわからない。けれど、花道は、自分の部屋で流川と記念写真が撮れただけで、満足だった。
「おめーがシッパイしてるかもしんねーから、今度は俺様が撮る」
 流川はその言い方にムッとする。けれど、フィルムを余らすよりは、と素直に譲った。
 花道は左手でカメラを構え、隣の流川の肩を引き寄せた。
 まっすぐレンズを見つめる流川を横目でチラリと見る。意思の強そうな視線が、今はすぐそばにある。
 自分はこの男に追いつけるのだろうか。
 花道は、その頬をしばらく見つめたあと、覆い被さるように口吻けた。
 流川は目を見開いたあと、シャッターの音に一層驚いた。
「…てめーは…」
「な……なんだよ! 一枚くらいいいじゃねぇか!」
 ごく至近距離で睨み合う。いつもの小競り合いだった。
「どあほう…どこで現像するつもりだ」
「あ……」
 花道の唖然とした顔に、流川はため息をついた。
 こんなマヌケな男を愛しいと思う自分が、情けないけれど自分らしい気もした。この男に出会ってから、こんな自分を知ったのだ。
「まーいっか…」
「…てめー…カメラ弁償しろよ」
 花道は、流川の肩を抱いたまま、自分の方へ引き寄せた。
「…愛情割引」
「………なんだそりゃ…」
 流川は吹き出しながら、花道のガクランにしがみついた。

 その時間は、高校生だった2人の最後の思い出となった。

 

 


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2008. 3. 17 キリコ
  
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