Fox&Monkey
一度は寒くなったけれど、ときには外での昼寝にぴったりの日もある。睡眠をこよなく大切にする流川は、そんなチャンスを逃さなかった。
屋上は風が吹き、避けるものが何もない。高校生活2年目の流川は、当然いろんな場所を知っていた。中庭の木陰は、日当たりが良くて、職員室から死角になることも、もちろん把握している。
草の上に俯せになると、黒いガクランの背中に日の光が集まる。すぐに眠りに落ちそうな心地よい環境なのに、流川はなぜかぼんやりするところまでしか出来なかった。そんな自分を不思議だと思ったが、頭の中に渦巻いている記憶のせいだ、とすぐに思い当たった。「何回目…?」
天敵との過剰な触れ合いについては、あまり深く考えなかったのに。
「…たかが」
キス。そう何度も自分に言い聞かせる。けれど、ちっとも考えがまとまらない。
まとめるべき考察も必要なものではないのに、流川はそこに意味を見いだそうとした。彼がそんな努力をバスケット以外に使うのは、初めてだった。情報量が少ない中で、実はとても単純な答えを、どうしても解いてしまいたい。珍しく慣れないことに拘った流川は、授業中も眠らずにただぼんやりとすることが多かった。
ふと目の前の自分の手を動かしてみる。自分の意志で動くそれに安心して、流川は指先で土を掘ってみた。ゾクリと何かを思いだして、その手の甲に唇を当ててみる。目を閉じると、まるで花道と口吻ているようだった。けれど、今は何も感じないのである。
「…なんで」「意識しまくってんじゃん」
それほど近くないけれど、大きな甲高い声が聞こえて、流川は上半身を起こした。まるで、自分の問いの答えのように聞こえたから。
「えーそんなことないよー! けど…向こうはどうなのかなァ…」
「気になるんでしょう?」
「…かな」
「それってもう惚れてんのよ、アンタ」
「えーっ そう…かな。でもさァ…」
集団の会話が自分のそばを通り抜けて遠ざかる。流川は女性の会話に初めて真剣に耳を傾けた。それは、流川にとってこれまで聞き流していた情報の一つだった。自分の感情に名前を付けられるほど、流川は器用な人間ではない。
「…惚れる…って好き?」
この自分が、あの桜木花道を好きなのだろうか。
流川は不自然に上半身を起こしたまま固まった。
呟いた問いに応えてくれる相手はいなかったけれど、今度は彼だけでも答えに到達できそうだった。