Fox&Monkey
流川は部活中、ずっと花道を目で追った。それはずっと問いかけるような視線だったことに、本人は気づいていない。
「流川くん?」
呼ばれてハッとすることもあったが、練習自体に支障はない。いつも通り、実はそれ以上に体が軽いと感じる流川だった。
部活が終わって水飲み場が混み合っている中でも、流川は花道の背中を見つめたままだった。背が高いとか、赤い髪だから、というだけでなく、自分はいつでも花道を見つけることが出来るらしい。そして、花道の動きをトレースすら出来るらしい。
この俺が、と流川は自分で驚いていた。「ルカワ? なんか変じゃねぇ、今日?」
いつものように、花道の部屋に来ていた流川は、ぼんやりとテレビ番組を見ていた。バスケットのビデオを観るとき以外興味を示さないものから、いつまでも離れない天敵を、さすがに花道は怪しんだ。
顔をのぞき込むように見ると、流川はまっすぐに視線を返す。全く逸らされることのない黒い相貌に、花道は妙に落ち着かなくなった。
「あんだよ、返事くらいしろよ」
いつもは、無口な流川に返事など期待していないのに。照れ隠しにそんなことを言ってみた。
「…テメーは…」
流川の静かな声は、それ以上続かなかった。花道の唇が温かいことは、以前から知っていた。花道以外は知らない。そんな事実にやっと気がついて、流川は小さく笑った。
ちょうど流川の喉元に口付けていた花道は、喉で笑った相手に驚いた。すぐに顔を見たけれど、目を閉じた表情はいつもと変化ない。気のせいだろうか、と花道は一度首を傾げてから、天敵の肌に戻った。
唇という最近知った場所に夢中になっているのは、流川だけではない。花道も、飽きもせずに何度も触れたくなった。実際に、ふとんの中でなくでも近づけたくなる。風呂上がりやぼんやりとした横顔、果てはバスケットをしているときにすら、口吻たくなる。そんな自分は末期だと、自分で自分を嗤った。
けれど、口を開くよりもずっと優しくて温かいソコの反応は、お互いを舞い上がらせるには充分だった。だから、胸に降りていた花道の頭を、流川はときどき引っ張り上げた。
最初はぶつかり合うようなキスも、自然と力を込めることもわかるようになった。正しい方法など知らないが、自分たちはこうするのだ。花道も流川も、少しずつお互いを教え合う。初めて舌がぶつかったときは、二人とも鼻から息が漏れて、どちらも気まずい思いをした。たった一日で答えを導き出した流川は、自分の感情を否定することはしなかった。元来自分に正直なのだ。恥ずかしいと思うことも知らなかった。
授業中ぼんやりするのは新しい変化ではない。勉強も好きになれないのは、別に花道のせいではない。バスケットが自分の生活の大部分で、そこに自分の感情つきの花道がいても何も変わらない。花道の部屋にいることも、今ではもう全く日常だ。
「だから、認めてやる」
「……はっ?」
自分に触れてくることの理由は聞き出す気にもならないけれど、取りあえず自分の想いを素直に受け入れることが出来た。たとえ、自分が花道を好きだとしても、自分は何も変わらないと気づいたから。
流川は暗闇の中でうっすらと笑った。妙にくすぐったくて、口に出してしまいそうだった。
これが、流川の初恋だった。