Fox&Monkey


   

 冬の大会に向けて、湘北高校バスケ部は力を入れていた。
 キャプテンと呼ばれることに慣れてきた花道も、当然熱くなっている。指導にも花道らしい厳しさが入る。部員は辛くてハードな練習内容に文句を言うつもりはなかった。2年生の実績が、そうさせるのかもしれない。そして、見本を示そうと張り切る花道が、ときには失敗する。そんなときの花道の照れ具合が、怖いけれど親しみやすいものだったからだろう。
「い、いいか、オメーら! 今のは悪い見本だ! 天才は両方できなければいけないのだっ!」
 花道の同級生たち、特に流川は大きなため息をつく。そして、失敗の手本を見せることはほとんどない流川に、花道がは向かっていく。そんな厳しい中にも明るさが含まれる日常だった。
 そんな中、淡々と練習メニューをこなしているように見える流川が、少しずつ部員に目を向けるようになった。後ろから声をかけられて、後輩たちは驚くと同時に舞い上がった。
「そのクセ、良くねー」
「テメーはもう上がれ」
「さっきンとこ、こっちに回ってたら、俺が動きやすい」
 低く小さな声でボソリと呟く。独り言のようにも聞こえるが、流川なりにきちんと相手と向かい合う。これまで直接的な指導にそれほど熱心ではなかった流川のこの豹変に、部員の誰もが驚いた。花道も目を剥きながら、そんな様子をじっと見る。以前から、試合中でも冷静にチームが見える奴だと思っていたが、想像以上にきめ細やかに観察していた流川に、花道は心から驚いた。
「どーいう風の吹き回しなんだ?」
 花道と部員、マネージャー、そしていつものように見学に来ていた桜木軍団の共通の疑問だった。

 流川は、明らかに変わった。どこが、と説明できる者はいなかったが、全体の雰囲気がまず違う。大きな変化ではないが、少し丸くなったと周囲は感じていた。
 しかし、流川自身は何も変わっていない。本人はそう思っている。
 花道の家に来ても、流川の口数は増えていない。確かにそれは以前の通りだと花道も思う。
「…バスケだけ?」
 何やら急に指導するようになった、それだけは目に見える変化だった。
「なに…?」
「あ、いや…べ、別に何でもねーよ」
 食卓で向かい合うことにもすっかり慣れているはずなのに、時々新鮮な流川に気が付くと、花道は落ち着かなくなった。

 他の誰も知らない流川を、花道は知っている。そのことに気付いたとき、花道は強烈な優越感を感じた。誰に対して、と考えたとき少し落ち込んだりもしたが、流川の周囲に群がる女子すべてにである。憧れの晴子も例外ではなかった。罪悪感という言葉に胸がズキズキするけれど、花道はこの関係を終わらせようという発想すら浮かばなかった。それくらいハマっていて、それでいて自然体なのだった。
 そして、夜の流川に小さな変化があった。それは小さくても、花道の心拍をいつも以上に上げるには十分で、それこそ花道は戸惑った。その後すぐに、舞い上がった。声をかけられた後輩たちのように。
「あ、あんだよ…」
 覆い被さる花道の背中に、流川は両腕を回したのだ。そんな反応は初めてで、最中に声をかけてしまった。実は、これもこれまでほとんどなかったことだった。
「汗…」
 次の言葉が出てこない花道の代わりに、流川はそのとき思ったことを口にした。花道の広い背中は、流れ落ちそうな汗でいっぱいだった。
「て……テメーもだっつーの」
 ぼんやりとした表情に、どもりながら返事をする。これまでのように、夢中だけれど黙々とする行為ではなくなって、花道はますます困っていた。
「あちぃ?」
「…お、おう。て、テメーもだろ?」
 流川は考える風に首を傾げる。その仕草に、花道自身が元気になったことを流川は知らない。
 ポツポツと尋ねてくる様子と、止まった体をどうすることも出来ず、花道は流川の上で固まった。下世話な言い方をすると、再スタートが出来ないのだ。まだ、なのに。
 そして、そんな思いは伝わるものなのかもしれない、と花道は心の中で思った。
「もーイカせろ、どあほう」
 照れもせずに、まるで部活中かのような声で、とんでもないことを頼む。その事実に流川は気付いているのだろうか、と花道は頭を悩ませる。そして、そんな色気も余韻もない流川に、しっかり欲情する自分こそ、末期なのだと気づかないふりをした。
「こ、このっ 何てー言いぐさだっ!」
「…ウルサイ」
 今までの自分たちに新しいことを取り込んだのはそっちなのに、と花道は舌打ちをした。
 そして、「ムカつく」と怒っているのに、無茶はしない花道だった。

 

 


2002.11.30 キリコ
  
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