Fox&Monkey


   

「去年…と同じか…」
 選抜の予定表を見つめながら、薄暗い部屋で花道は呟いた。すでに用済みになったその紙を、なぜだか花道は捨てられずにいた。電気もつけず、ストーブもない部屋は、静かで肌寒かった。落ち込んでいる花道を、一層暗くさせた。
 昨年と同じところまでしか進めなかった。そのことに気付いた花道は、そこに関係を見いだそうとする。けれど、すぐにバカバカしいことだと首を振る。湘北バスケ部のメンバーは昨年とは違うし、対戦相手も違うのだ。けれど、自分の成長が足りないのではないか、自分のリーダーシップが良くないのではないか、そんな自問自答をくり返していた。
「次は…夏か」
 花道は、それが最後になるかもという発想にまでは至っていない。ただ、次こそ次こそ、と目標を持って進んでいるだけで、自分が高校生でなくなることも思考の中にはない。それくらい、日々と目先のことで充実しているのだ。
 顔を上げて、初めて雨の音に気が付いた。冬の雨は寒々しく聞こえ、さすがの花道もストーブのスイッチを入れた。石油があることを確かめて、自分の体を抱くように両腕を回した。静かな空間に、雨の音と金網の燃える音だけが小さく響いていた。
 それからすぐに聞こえた他の音を、花道は最初は取り合わなかった。遠慮がちに音を立てるドアは、すぐに蹴飛ばすような勢いに変わる。そんなノックをする人物を、花道は一人しか知らない。
 正直なところ、会いたくなかった。顔を合わせたくない気がする。試合の後も、黙ったままあちらとこちらに別れた。けれど、ノックの音にホッとしたのも事実だった。
 無言のまま迎え入れようとした花道は、それがすぐに不可能だと知る。相手が驚くような格好だったから。
「ルカワ? あんだテメー…」
 けれど、その後は続かない。呆れるにもほどがあった。
 どう見ても、たった今コートから戻ってきたジャージ姿。この雨の中を傘も差さず、ビショ濡れなのに、ボールだけは守ろうとしている。いじらしくもあるけれど、花道が怒るのも無理はなかった。
「このバカっ! 風邪引くぞ!」
 そして、いつもの世話焼きの花道に戻る。濡れた服を脱がし、暖まっていない部屋で強シーツと毛布にくるませた。
「……さみー」
「あ、当たり前だっ! 今、湯はってるから待ってろ、バカ野郎」
「…バカバカしつこい…どあほう」
「ふぬーーっ! オメーにだけは言われたくねー」
 電気のない中でも、流川の唇が真っ青なのがわかる。冷え切った体に触れるのが、なぜだか花道は怖かった。
「もーいいから、入っちまえ」
 なぜ自分はこんなにも世話を焼くのだろうか。それはわからないけれど、いつものように声を張り上げたことで、少し浮上したことはわかった。
「…顔見て安心…とかじゃねぇぞ…」
 誰にも聞かれてもいないことを勝手に考えて答える。頬が熱くなったのを、ストーブのせいにした。

「メシは?」
「…いらねー」
「バーカ、食わなきゃ体力落ちるぞ」
 返事もせずにストーブに向かう流川の反応に、花道は首を傾げた。けれどすぐに思い当たる。
「…言っとくけど、負けたのはテメーのせいじゃねぇからな」
 ふんと鼻で嗤ってから、花道は台所へ向かった。その背中に、聞こえるか聞こえない声で流川は言い返す。
「…オメーのせいでもねー」
 誰かが悪いわけではないけれど、それぞれが反省するから各々が進歩する。花道はいい加減初心者ではないといえるけれど、まだまだ経験が浅いままリーダーとなっている。その分、余計な力が入ると流川は思っている。
「いーカッコしぃ」
 ストーブの赤い炎に向かって呟く。そして自分自身をこう責める。
「…体力ねー」
 それが、流川には歯痒かった。
 流川がケガをしなければ、今よりもずっと動けただろう。すっかり元に戻ったようでいて、やはりそうでない部分も大きい。失った体力を取り戻すのには、おそらく3倍はかかるだろう。表面的なバスケ技術は以前と変わらない流川だったが、流川自身は自分にイラついていた。だから、花道の「体力落ちる」とという言葉は、ズシリと響いた。

 

 


2002.12.21 キリコ
  
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