Fox&Monkey
冬休みに入る前に体育館の使用割り当てが決められる。バスケット部は主将桜木の努力のおかげか、これまでよりも少し時間が長めといえる。とはいっても、年末年始は学校自体が休みでもあり、結局わずかな時間だった。
流川は学校以外でも自己練習を怠らない。出来る限りコートに立ちたいけれど、公園も自分一人の物ではない。そして体力づくりのために、ロードワークに出るのである。
「去年も…だった?」
砂浜を滑りながら、デジャブを感じる。アスファルトより効果が高いことをなぜ花道も知っているのか、流川は尋ねたことはない。なぜ同じ時間に走るのかということも追求したこともなかった。
「やっぱさみぃなー、海岸は」
小休憩に花道は独り言をいう。隣に流川がいるので、話しかけているようにも見える。けれど、返事を期待してはいなかった。
イチニとかけ声をつけながら、花道はストレッチをする。同じことをしたくなくて、流川は足踏みをくり返す。突然止まるのは筋肉に良くないことを、二人とも知っていた。
そんな毎日と昨年の今頃との違いは、流川が花道の家に行くことに何の躊躇もないことだった。
「いつから…?」
流川は自問自答する。いつから寝泊まりするようになって、いつからおかしなことをするようになって、果たしていつから好きだと思っていたのだろうか。
「…わかんねー」
「……何が?」
のぞき込む花道の顔を見ても、流川の胸はときめいたりしない。やはり勘違いなのだろうか、と首を傾げる。
「……さあ?」
「…変なヤツ」
会話が成り立たないのは、一年経っても変わらなかった。ランニングを終えて、それぞれの方向へ歩き出す。何の約束もなくても、それが普通だった。流川が部屋に現れるかもしれないし、そうでない日もある。花道はノックを待つけれど、そんな自分を認めたりはしない。訪れた流川に文句を言いながら、招き入れるときに自分が嬉しそうな顔をしていることも認識していなかった。
そんな花道だったが、大晦日だけは次の予定を聞いた。
「ルカワ、明日も走る?」
「…さあ?」
なんと言ってもお正月だ。家族で過ごすのが当たり前だと花道は思う。けれど、流川のことだからきっと日常と変わらないだろう。そう思いながらも、初めて相手の予定を確認した。
「…ま、別にいーんだけどよ」
「…?」
流川はまた首を傾げた。家に戻った流川が再び出かけようとすると、台所で忙しそうに働いている母親から待ったがかかった。
「楓? 今日は桜木くんの家はダメよ」
いきなり駄目だしされて、流川は台所に顔を出した。
「…なんで?」
「今日は大晦日なのよ。桜木くんに迷惑でしょう」
そう言いながら、家族一緒に年越ししたいという気持ちも母親にはあった。やたらと外泊する息子をたまには引き留めたかったのだ。
「ああ…だから」
「わかった?」
「…何が?」
ズレた反応をする息子に慣れた母親は、ため息を一つついて正月の準備に戻った。そして、玄関の音で初めて我に返った。
「…楓? 楓!」
やっぱりまた外泊する息子に、ため息をつくしかできなかった。まさかと思っていたノックの音に、花道は自分の耳を疑った。けれど、うるさくなっていく音は間違いなく流川のノックの仕方だった。
「ルカワ? 何やってんだ、オメー」
「…何が?」
「……家…はいいのか?」
「…なんで?」
流川は、花道の想像以上にいつも通りだった。やはり頬が染まるくらい嬉しいらしく、そのことを隠すために花道はすぐに背中を向けた。
「メシ…足りねーんだ。買いに行ってくる」
「…行く」
「ああっ?」
「…お好み焼きがいい」
脱いだばかりの靴をまたすぐに履きながら、流川は勝手に要求する。
「ば、バカ野郎。大晦日はソバに決まってンだろうが」
「…足りねーと思わねぇの」
確かに、と花道は心の中で頷いた。その年最後の夕日を見ながら、花道と流川はスーパーへ向かった。
夜遅くに番組で「どんな一年でしたか」とアナウンサーが道行く人に尋ねていた。そのマイクに向かって、花道は一人答えた。
「いい年…いい年越し…です」
「……は?」
隣で寝ていると思っていた流川が、花道の呟きに反応した。
真面目な顔がすぐに真っ赤に変わる。一緒にいられて嬉しいと思ったことまで、見透かされた気がした。
「な、なんでもねーよ! 寝ギツネめ!」
トロンとした流川の表情の上に、怒りマークが浮き出る。
いつも通りだった。よくある日常だ。けれど、今日は特別だと花道は思っていた。