Fox&Monkey
花道がNBAのビデオを止めたとき、テレビでは恒例の歌合戦が終わる頃で、まだ新しい年を迎えていないことがわかった。
「おい…もうすぐだぜ」
隣に座る流川に声をかけるけれど、返事は期待していなかった。いつの間にか引っ張ってきた毛布にくるまり、それでも座ったまま静かな寝息を立てている。
「テメーは家でもそうなのかよ…?」
年越しの瞬間を秒読みしたりしないのだろうか。どちらかというと、イベント好きな花道は自分と比較してみる。おそらくこの天敵には、大晦日も新年も関係ないのだろう。
「ふん、ロマンってもんがねーな」
そんなことを一人呟いているうちに、大きな時計が画面いっぱいに映し出される。花道は、これほど心拍が上がる年越しの瞬間を初めて迎えていた。
「…5、4、3、2……お、起きやがれ! このキツネ!」
毛布の上から叩いたぐらいで目覚める相手ではない。けれど、せっかくだからと花道はおせっかいを焼く。なんといっても、
「た…誕生日だろ、オメー」
おめでとうと口に出来なかった。流川が寝ていて良かった、と思うくらい、花道は赤面していた。誰よりも先に言いたかった、と一度でも思ったことが、ばれてしまうに違いない。嬉しくて舞い上がった自分を見られたくなかった。
「ね、寝るぞ、バカギツネ」
年越しそばもとっくに食べてしまい、初詣に行くほど信心深くもない。きっと朝になったら、バスケットをしに行く。それしか予定はなかった。花道は、眠れない理由を興奮しているからだと思いたくなかった。何がこんなに自分をドキドキさせるのかわからない。実はわかっていても、認めたくはなかった。
自分の見ている前で自分のふとんに入る様子を、まるでスローモーションのように見ていた。突然温かくなったのも、まるで他人事のように思えた。自分の鼻先をくすぐる黒髪に息を吹きかけた。
「…ほしいモン…とか、ある…わけねーか」
物質的欲求が高いとは思えない。バスケット用品を除いては。
では、自分はどうだろうか。
「俺様にはだなー、天才に相応しいプレゼントじゃないとな。…例えば…」
目を閉じて考えてみるけれど、何も思い浮かばない。瞼に描かれたのは、流川と同じ技術を持つプレイヤーになった自分、その隣には天敵なのに同じユニフォームを着ている流川がいる、というものだった。
カッと目を見開いた花道は、犬のように首を振った。その動きで、流川も少し寝返りを打った。
あちらを向いた流川の首筋が、うっすらと見えた。心拍が上がったのを、取りあえず自覚した。
「な…なんで俺は…」
そこに引き寄せられるのだろうか。
酔ってもいない。相手も誰だかはっきりわかっている。けれど、そこに口吻けたいと思う自分が不思議でならなかった。
そっと唇で触れたくらいでは何の反応もない。少しずつ気が大きくなっていくのを、花道は理性の端で認めた。
ふっと耳元で呼吸してみると、流川の肩が跳ねる。そのことに気をよくして、軽く舌で突いた。
目覚める様子はない流川は、それでも無意識に逃げようとする。そのときにはすでに花道が長い両腕で体ごと包んでいた。そのまま覆い被さるように体勢を変えた花道は、流川に口吻る。それが、新しい年の最初のキスだと、花道はすぐに思い至った。
眠ったままでも口吻返してくる流川の反応に、また胸が鳴った。すぐに首を振って、そんな思いを振り落とした。
「…どこがカワイイって…」
それなのに、自分はまだキスを続ける。もう止まらないなと男の自分が表に出てきた。
いつもは互いに触れ合うけれど、今日はまるきり一方的だ。眠った相手にすることではない、と嗜める自分もいる。けれど、この不埒な振る舞いにワクワクしたのも事実だった。
扁平な胸も、割れた腹筋も、へその形もよく知っている。けれど、それより下は手でしか確認していない。何の躊躇いもなく流川自身に触れることもできるけれど、凝視したことはなかった。それが、精一杯の現実逃避だったのかもしれない。
その夜の花道は、祝いの言葉だけでなく、何か流川にしてあげたかった。貧乏な自分は尽くすことしかできない。けれど、そんなことを相手が望むとも思えない。結局は、自己満足かもと心の端っこで思った。
花道は、脇腹に浮き出る尖った腸骨に軽く噛みついた。流川の体が跳ねたことに安心し、身を捩る姿にますます止まらなくなった。
「それ」はすでに形を変え、重力に逆らうように上を向いている。ふとんに潜ったままの花道にも、そのシルエットは見えた。なぜそんなことをしたくなったのかはわからないけれど、そのときは嫌だとも思わなかった。
「はっ」
分厚いふとんの向こうから高い声が聞こえ、花道の方が驚いた。いい加減起きているらしく、流川は本気で暴れ始めた。その腰や足を、花道は押さえ込んだ。
「…やめ…」
おそらくは手を口で覆ったのだろうとくぐもった声をそこまで考察できるくらい、花道の頭は冷静だった。
最初はおそるおそるだった口の動きを大胆なものにしていくと、平行して声も艶を増す。花道は、自分自身がもの凄く興奮していることに気づいていなかった。
「さくらぎっ」
押さえきれなかった切ない吐息の中で呼ばれて、花道は驚いた。その瞬間に手も口も離したけれど、いつもより早いとからかうことも出来なかった。触れてもいない自分が、流川の一声でイッてしまったことに、気を取られたから。
「…ど、あほう…」
しばらく経って、流川はまだ荒い息の中から責め口調だった。花道はふとんから出られなかった。
気まずい新年の始まりだった。