Fox&Monkey
世間は、豆まきの時期だった。
大学生と高校生では、試験期間が違う。けれど、部活以外はとっくに春休みに入った三井は、久しぶりの実家にたいくつしていた。だから強引に後輩達を集まらせることになってしまった。
「三井サン、カンベンしてくださいよ…」
「先輩命令だ、宮城」
「…突然先輩ヅラしないでよね」
電話での遠回しの拒否も物ともせず、三井は現3年生と2年生を呼び出した。もちろん同時に卒業した元チームメイトに声をかける。そして、赤木以外、揃ってしまった。
「俺ら、受験生なんスよ」
そう言ってみるが、三井の部屋での酒宴から抜けられない。息抜きになると自分に言い聞かせ、さっさと出来上がった三井を持てなす。木暮は受験生達を哀れんでいた。
「木暮先輩…今更スけど、元気ッスか?」
「ああ…なんとかやってるよ」
これ以上酔いたくない面々は、小さな声でヒソヒソと話す。忙しいのも事実だが、懐かしさの方が大きかった。
そんな中、三井を除き、学校のテストのみという少し気楽なのが、現2年生だった。先輩達が逃げるため、後輩達、特に流川と花道は三井に巻き込まれていた。
「オメーら、相変わらずだな」
「…ミッチー、ペース早ぇよ」
「…うす」
「わかった、ミッチー! なんかイヤなことがあったんだろ!」
「…う、うるせーよ、桜木!」
その一カ所だけが盛り上がる、強引な酒宴だった。
深夜まで呑んでいたのは、悪ガキ軍団と呼ばれた面々だけだった。久しぶりなのにほとんど三井と会話できなかった木暮は、理性を保ったまま帰宅した。それ以外の受験生、2年生もなんとか帰ることができた。
三井の部屋に残ったのは、結局話し込んだ宮城と三井、潰れた流川と隣に座る花道だけだった。
花道は、自分が寝るつもりもないのに意識がなかったことに驚いた。目だけを開けると、まだ話し声が聞こえる。飽きもせずに、と呆れかけたとき、信じられない声が耳に入ってきた。
「……ミッチー? リョーちん?」
二人の声ではない。もっと高い、まるきり女性の声だった。しかも、俗に言う喘ぎ声だ。花道は、二人の背中の間だから、画面まで見てしまった。
「うわっ」
「…しー!」
思わず大声を出した花道に、先輩達は同時に振り返る。
「…流川まで起きるじゃねぇか」
「な、なに…何見てんだ…」
画面以外が暗い中でも、花道の赤い顔がわかる。いつまでも純情らしい後輩は、からかい甲斐があった。
「オメーも見る? あーでも、もっと初心者用がいいだろうな」
花道が返事をしないままに、ビデオが入れ替えられる。初心者用というのがあるのだろうか、と花道にはさっきのと区別がつかない。どちらかというと、AVビデオはあまり見ない方だった。
いくら仲良い先輩とはいえ、他人と一緒に見るときの気恥ずかしさは堪らない。けれど、花道は画面から目が離せない。耳も、その声に集中してしまっていた。
ドキドキと心拍が上がり、全身から汗が噴き出し始める。興奮しはじめた自分を、花道は止められなかった。
しばらくして、花道はものすごく冷静になるくらいの、ある一つの文章が頭に浮かんだ。さすがに黙ったままだった先輩達だったが、すぐにその様子に気付いた。
「…桜木?」
「えっ…」
花道の驚いた顔は、いつも通りのものだった。こうなると、興奮している自分の方が恥ずかしくなるものだ。けれど、花道は何かに取り憑かれたかのように、急いで立ち上がった。
「ミッチー、リョーちん、俺ら、帰るわ」
「……今からか…?」
午前2時か3時頃、日の出までもまだまだある。
「花道、どうしたんだよ…もしかして、ビデオとかダメなタイプ?」
無神経なようで、実は繊細な部分も多い花道だし、宮城はそんな疑問が浮かんだ。
「いや…そういうわけでもねーんだけど…」
二人と目を合わそうともせず、花道はぐっすり寝ている流川を引きずった。そこまでしなくても、と二人が止める前に、花道は本当に帰ってしまった。
「…アイツ…どうしたんだ?」
「さあ…」
「なんで流川まで連れてくんだ…」
あの流川がこんなビデオを見たとき、どんな反応をするのだろうか。そんなことを思いつきながら、三井はため息をついた。
「あーあ、全然勉強できなかったっすよ、おかげさまで」
「…うるせー、明日っから頑張りゃいいんだよ」
何となく気をそがれて、二人はそこに転がった。
お久しぶーりーねー