Fox&Monkey


   

 花道は、相変わらず寝転がったままの流川を、そのまま壁まで引きずった。何をしようとしているのかまで説明しないけれど、流川にも想像がついた。「反対」と手を挙げたい気分でもあり、「まあいっか」という諦めもある。一応確認だけしておいた。
「…こんな真っ昼間から見るようなモン?」
 肩肘を付いて、花道の背中に話しかける。手元は見えないけれど、ビデオをセットしているのはわかる。そして、その内容がいつものバスケットではないことも。
 話しかけられて一度は固まった花道だが、天井を向いて言葉を選んだ後、黙ってカーテンを閉めた。
 果たしてそれが何の意味があるのか、流川はため息をついた。
 

 ぼんやりと画面を見ていると、作られた流れがわかる。初心者な二人にも、嘘っぽさを感じる。それでも目が離せないのは、男の性なのだろうか。
 流川は目を半分閉じてみたりした。それでも画面いっぱいの肌色は消えない。音量を下げても高く大きく聞こえる声に、少し白けた。
「…楽しい?」
 それでも上擦った声だった。流川は隣に座る花道を見なかった。顔を見たくなかったし、見せたくなかった。
 正直、ビデオを見る必要があるとは、思えなかったのだ。
「……いや…これって楽しむモンなのか? 俺ァ…」
 花道の声も多少荒い息の中で響いた。
 続きの言葉を探したが、花道には見つけられない。勉強のため、というと、笑われる気がした。
 ところが、流川にはこの突然の行動の意味も、十分想像できるものだった。
「できた…んじゃねぇの」
 主語も飛び、何の話だかわかりにくい表現は、とても流川らしい。そして、その周囲につく修飾語ですら、花道はだいぶわかるようになっていた。
 ビデオで何かを学習しなくても、昨夜のがセックスだった、と流川は思っていたのである。
 わざとらしい喘ぎ声を聞きながら、花道は説明に困った。口に出す単語が恥ずかしいならば、筆談にしてみようかと思うくらいだった。
 花道は、咳払いを一つした。
「…オイ、チャカさず聞け…」
「……」
 自分は何もからかってもいないと、流川はその前置きにムッとする。
「ビデオを見ろ」
「……聞けっつった」
「だーっ! それがチャチャだっつーの!」
 天の邪鬼な流川が飛び出していた。いつものくせだ。
「…見た」
「……俺が思うに…どっちも気持ち良さそうじゃん?」
 あぐらをかいて、花道は真剣な表情をしている。流川はやっと見上げて、そのことを知った。
 ここまで真面目に考えてしなければならないのだろうか。こんなことをしてまで勉強し、セックスというのをするものなのか。世の中のカップルはなんて面倒なことをしているのか、流川は心からため息をついた。
「…それと…それとだな…最後までやってねーぞ」
「……はっ?」
 顔から湯気を出し始めた花道に、流川はかける言葉もない。
「ちゃんとやりてーんだ、セ…セッ」
「……それ以上口を開くな…どあほう」
 今度は流川の耳まで熱くなってきた。
 それでは昨日のは何なのだろうか。痛いだけで、悦い思いは何もない。あの後、花道がどうしたのかも、あまり記憶になかった。
「……い、痛かった…んだろ…」
 ちょうど同じ場面を思い出していたらしく、流川は驚いた。
「…ちゃんと…できるはず…でも俺、知らねーし…あーっもう!」
 照れながら、それでも行動に移している。欲望だけを突き進めているわけではないらしい。では、なぜ、そこまで自分とセックスとやらをしたがるのか。
「……超どあほう…」
 今の流川の、精一杯の照れ隠しだった。

 
 こんな話を二人でしたことはなかった。
 自分たちのしていることがセックスに近いことだと知っていたけれど、言語化するのはこれが初めてだ。そして、ビデオを見たとき、自分たちと同じようなことを売り物にしていると突きつけられた。
 男同士で、恋人同士ではなくても、セックスは可能なのだ、と知った。
 このことに気づいたとき、花道は突然冷静になったのだ。
 自分たちはまだ最後まで、花道のロマンティシズム的に言うと、まだ結ばれていないのだ。
 花道は、急に焦った。
 それは、自分が天敵と呼ぶような相手とセックスをしていたことに嫌悪する欠片もなく、逆にちゃんとしたいという思いしか浮かんでこないものだったのである。
 嫌だと思わない自分にも気づかなかったが、同じくノーと言わない流川にも、花道は気が回らなかった。

 流川が毛布にくるまって座るのはよくあることだった。石油ストーブだけの部屋は、その前以外は割と寒いままだ。
 ビデオをつけたまま、花道は蓑虫のような流川を自分に引き寄せた。すでに情欲が浮かんだ目が合うと、なんとなく気まずくなる。カーテン越しとはいえ、明るい日差しの中では、二人の二重人格が狂ってしまうから。
 後で気づくことだが、まだ何も勉強と呼べるほど新しい知識にたどり着いていなかった。けれど、そんなことはお構いなしに、いつもの二人に戻るところだった。
 ちょうどその時、けたたましい音が鳴り響いた。いつもより大きく聞こえるのは、二人の後ろめたさからだ。
 心臓が飛び出しそうに驚いて、二人はパッと体を離す。見られるわけではないけれど、落ち着かなかった。
「…デンワ」
「お…おう…」
 固まった花道が動き出した後、流川は溶けたように毛布にくるまった。自分で自分のドキドキが聞こえるのが不思議だった。
 その電話は流川の母からで、さすがの花道も気まずかった。以前思った「間男」という言葉がまた浮かぶ。そして、久しぶりの無断外泊先を間違えるはずもない母だった。
「…ルカワ…おふくろさん心配してるし…今日は、帰れ…」
 思ってもみなかった言葉に、流川は勢い良く顔を上げた。まさか、この状況でそう言うとは思わなかった。そんな思いは、珍しく流川の表情に出てきていた。
「…連絡しなかったし、明日は月曜だし……俺、おふくろさんに嫌われたくねぇ…」
 最後のしんみりした言葉で、流川は少しだけ目を見開いた。なんとなく納得したけれど、苛つく方が大きくて、流川は黙って花道の部屋を出た。花道から借りたスウェットのままだった。

 

 


2003.2.20 キリコ
  
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