Fox&Monkey


   

 花道はランニングに出た。部屋にいても落ち着かず、一人でビデオを見る気にもならない。そして、久しぶりに人が訪れていた空間は、一人だと広く感じた。
 自分が取った行動を、昨夜のものからすべて反芻する。冷たい風に当たりながら走っていると、自分はおかしいのではないか、とすら思う。首を傾げたり、赤くなったり青くなったり、花道とすれ違った歩行者は、何度も驚かされた。
 考えながら走っていたためか、あまり来たことのない地区に入ったらしい。花道は、迷子の天敵のように、帰り道がわからなくなっていた。人影もまばらになる夕暮れどきに、花道は少し焦る。けれど、天才だからという名文句で自分を励ました。
 相変わらず無銭状態だったが、花道はふらりとコンビニに立ち寄った。道を尋ねようかと思ったのだが、まずは暖まろうかと立ち読みを始めた。そして、そこが知らない場所だからか、少し気が大きくなっていた。花道は、普段は近づかないコーナーに立った。
 恐る恐る中を見開いて、いちいち驚きの反応を示す大きい客は、店員には迷惑なだけだ。けれど、注意する勇気が失せるようなポマードの赤い髪に、花道は比較的一人の空間を持つことができた。
 花道が見ていたのは、ハウツー本のようなものだった。
「…役に立つ?」
 自分に聞きながら、花道はとりあえずページを捲る。ビデオよりは、落ち着いて見られた。
 しばらくして、我に返ったとき、花道は大きなため息をついてコンビニを出た。

「俺は何がしてーんだ…」
 やっと見慣れた街に戻ったきたとき、花道はそう呟きながら走っていた。
 その手の本もビデオも、男女のものばかりだ。それが普通だと、花道も思う。
 思い出すかのような形で憧れの晴子を頭に描く。けれど、そこには邪な考えはなかった。
 自分が抱きたいと思った相手は、あの流川だけらしい。
「…ゲーーッ」
 唸ってみても、冷静に省みるとわかる。嫌でもわかってしまった。
 お正月以来、自分は間違いなく流川をそういう対象としていみている。だから、昨日の飲み会やビデオというきっかけがなくても、きっと自分はもっと深く踏み込んでいただろう。だから、泊まりに来るのを止めたのだ。おそらく本能的に。
「けど…もう止まんねーかも…」
 2月の寒い中でも、花道の頬は冷たさ以外で熱かった。

 基礎体力を誇る花道とはいえ、さすがに疲れている。自分のアパートが見えると、どこかホッとした。
 鼻歌を歌いながら、薄暗い階段を上がる。機嫌が良かった花道は、階段を上りきったところに人がいて、驚いて身構えた。外見も真っ黒い姿は、遠目にはわからなかったのである。
「ルカワ…?」
「…遅い」
「…テメー、いつからそこに…」
「寒い」
 流川が短く訴えると、花道は大慌てで鍵を開けた。今日は、締めて出ていたから。
 部屋に入り、大急ぎでストーブをつけるけれど、すぐには暖まらない。流川は自分の膝を抱くように座った。
「…オメーは…」
 確か、帰ったはずの人物が、たった数時間で戻ってきた。けれど、ずいぶん前のような気もした。
 流川は何も言わず、コートを脱いで、学ラン姿を花道に見せた。
「こっから学校行く。ちゃんと泊まるって行って来た」
 無表情な流川の顔は、それでもどこか偉そうに見えた。
 互いに無言のまま、しばらく目を離せなかった。けれど、寒さに負けたのか、流川はまたコートを着てストーブの前に座った。
「……ば、バカ野郎…」
 花道の声は小さかった。

 

 


2003.2.22 キリコ
  
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