Fox&Monkey
花道は、思ったことが表情に出やすい。本人が気づいたときには、言葉にまでしてしまっていることもある。正直といえばそうだし、黙っていられないのだともいえる。そんな花道が、秘密を持ったとしても、長年の付き合いでわかってしまう。それが、桜木軍団の変わらない仲の良さだった。
「おい花道…顔が溶けてる…って感じだぜ」
高宮が眼鏡をかけ直しながら、眉を寄せた。喜怒哀楽の激しい悪友だったが、初めて見る表情だったから。
「あんだよ、何かいいことあったのか?」
「……へっ?」
当の本人は、誰に何を言われようと、反応がワンテンポずれていた。
「花道…熱でもあんのか?」
「…こいつが風邪ってんなら、このクラスは全員休んでんじゃねぇの」
「ちげーねー」
どんな会話でも、楽しく明るくなってしまう。いつものノリだけれど、花道は乗ってこない。そして、洋平だけはじっと花道を見つめたまま、何も言わなかった。
放課後の部活前の短い時間くらいしか、軍団が集まれる時間はない。呆けて椅子に座ったままの花道に、軍団はそれ以上声をかけるのを止めた。
「…花道、そろそろ部活の時間じゃねぇの」
洋平の言葉に、花道はようやく我に返った。
「あ…ああ、あ…保健室…」
今日もやはり思ったことを口に出してしまい、桜木軍団を驚かせた。
さっきまでぼんやりしていたのが、急に足早に廊下を歩く。その広い背中を見送って、軍団の面々は顔を見合わせた。
「まさか…ほんとに調子悪ぃのか?」
「…でも、保健室なんかに行くようなヤツじゃねぇだろ」
だいたい、寝込む花道なぞ、ほとんど見たことなかった。
慣れ親しんだ友人同士、目と目で会話できる。それからの行動を誰一人口にはしなかったけれど、全員が一気に立ち上がった。保健室の入り口が見える柱に、折り重なるように立った。最近の花道の行動は、軍団には少しわからない。それが寂しくもあり、悔しくもある。バスケットに熱中する花道を応援する気持ちに嘘はないが、それ以外のプライベートにだんだん秘密が出来ている気がするのだ。
「例えば、ルカワ…」
大楠がそう言うまでの内容は、軍団が考えたものと大差ない。
「ハルコちゃんとだって、どうなってんだ?」
「…さあ…」
最近、以前のようにその名を聞くことも少ない。部活中は相変わらず頬を染めながら話しているが、告白とかそういう感じではない、と軍団は思うのだ。
「モテはじめたからなー、花道は」
野間がヒゲを撫でながら、しみじみと言う。バスケットで活躍するようになって、知らない後輩たちからも慕われる。男の子だけでなく、女の子からの黄色い声も聞こえる。
「けど、付き合ってる…って感じもなかったぞ」
だから、彼女ができたから、あんな表情をしているのかと想像した。
そんな会話は、花道が保健室から出てきた音で中断された。
洋平以外の軍団は、口に手を当てて驚いても黙っているよう努力する。けれど、そんな労力が必要なかったくらい、驚きで声も出なかった。
「オイ、その…手、つかめ」
「……いー」
花道が躊躇うように手を出している相手は、同じくらいの身長のチームメイトだったから。
「だ、だってよ…まだイタイんじゃ…」
「ウルセー、このどあほう」
流川は少し力が入らないかのように歩く。不自然な動きは、軍団にもわかった。
「テメ、この…心配してやって…」
「よけーなお世話だ……寝過ぎただけ」
そう言いながら、腰を支えていた花道の手を剥がす。けれどすぐに、肩に掴まった。
そのとき、軍団の見間違いでなければ、流川のまっすぐの黒髪は花道の肩に触れたままだった。花道の再び支えようとした手が払いのけられなければ、抱き合うようにも見えた。
だんだん遠く離れていく二人の声が、誰にも聞こえなくなった後、軍団はただ顔を見合わせた。言葉が見つからず、ふざけることもできなかった。