Fox&Monkey
湘北高校バスケ部の春休み、花道はかつての先輩たちが来ることを嬉しく思っていた。今年こそ、という期待からか、それぞれが可能な限り顔を出す。大学でやっているバスケットとの違いを感じるし、何よりも自分が一番上に立たなくていいという感覚は、花道を自由にした。後輩たちの前でゴリと呼ぶかつての主将にどやされても殴られても、花道は嬉しかった。
唯一、花道が顔を合わせたくないと思うのが、三井だった。
「桜木、オメーはスリーポイントがヘタなままだな」
そう貶しながら、三井は見本とばかりにシュートする。高くて綺麗な弧を描くボールは、静かにリングを抜ける。花道はボールだけは見ていることができた。
「み、ミッチー…もういいよ…」
「あん?」
「…いや…自分ですっから…」
「自分で自分のフォームチェックができるわけねぇだろ、バカ野郎」
このときほど先輩の親切心に困ったことはない。目を合わせたくない理由も、説明できないから。流川が自分のためにしたことだと知ったのは、初めての夜から2週間経った後だった。それまでは試験や何やかやで、部活以外は話もしなかった。花道の目から見て、すぐに元気になったのはわかったけれど、負担が大きいらしいことをもう一度挑むのに、ずいぶん躊躇ったのもある。そして、流川自身、何やら忙しいらしかった。
具体的な約束もないまま、二人はそんな日を迎えることができたらしい。
「…おい、桜木? テメー、何考えてやがる。顔アケーぞ?」
ひじ鉄を食らわされて、花道は我に返る。顔を上げると、意外と近いところに流川がいた。冷たい視線は、自分の考えを見透かされているようで、花道は大声を出した。
「ち、ちがっ 別に何も考えてねーよ!」
三井は自分への説明だと思ったが、流川には自分に弁解しているように聞こえていた。
花道は頬の熱さが取れなくて、一人水場に向かった。
「…チクショウ…」
別に三井にバレたわけではない。そんなことは想像もしていないだろうと思う。けれど、花道は気まずく感じていた。
「バカギツネめ…」
小さく毒づきながら、花道の顔は一層赤くなった。
流川が花道の番だと決めてやってきた日から、もう10日以上経っていた。
それは10日前。土曜日の夕方、冷たい雨が降っている中、流川はわざわざやってきた。濡れたコートを脱がしながら、花道はそのまま自分に引き寄せた。ストーブの前まで引っ張っていったのは、習慣になったせいかもしれない。流川は目を閉じて暖まるのを待った。
毛布にくるまらせたまま、花道はコトを進める。流川が部屋に入ってから、どちらも一言も発していない。何の合図もないまま、けれど自然に二人は近づいた。
湿った髪も唇も、いつもより体温が低い。だから花道は何も剥がない。毛布の上からでもわかる熱いところだけ、冷たい空気の中に触れさせた。結局、濡れたジーパンと靴下だけ、花道はむしり取った。流川の分身を見るのは、これが初めてだった。
自分のとたいして違いのない男の象徴を、花道はマジマジと見つめた。手で包み込むと別の生き物のようにそこが熱く震えていた。それの持ち主の顔を確かめても、花道の情欲は萎えなかった。
「…ルカワ?」
「……んだ…」
どちらかというとうっとりと閉じられていた瞼が、見開くといつものきつい瞳が出てくる。どう見ても、天敵の流川楓だった。
花道は興奮した。流川のそれを口に含んでも、低い呻き声に追い立てられるように、花道は一生懸命になった。くぐもった声の中で、解放される瞬間まで、花道は目に焼き付けた。
「てめ…の番…っつった」
荒い呼吸が落ち着いてから、流川はこの部屋に来た用件をストレートに告げた。
花道は、覚悟を決めたつもりで忘れていただけに、少し青ざめた。夕食までの時間は、花道には拷問を延ばされているかに思えた。二人とものお腹からの欲求の音が、二人の行為を止めてしまったのだ。さすがの流川も、花道の表情が硬いことがわかった。
そして、花道の想像以上に、流川は勉強家だった。
「これと、これ、使う」
「……はっ? あんだそりゃ…」
「…見てのとおり」
そう言われても、薄暗い中では確認もできない。流川もそれほど花道に見せる気もないらしい。ただカバンの中から何かを取りだしたことに気づいただけだった。
素っ裸で寝せられた花道は、自分の足下で動く相手に逐一反応した。それは一種の恐怖からだった。
「…イタイ…んだよな…」
小さく呟いて、しばらく前の流川の姿を思い出す。自分もしたこととはいえ、される立場になることは全く考えもしなかった。花道は両手を自分の胸の上で祈るようなポーズを取っていた。
「つめたっ」
花道の一言一言を、流川は無視していた。けれど、冷たそうだというのはわかる気がした。
「オイ、いったい何だそりゃ…」
「…イタイ?」
「…いや…けど…」
初めて感じる違和感だった。表現のしようがないけれど、痛みはない。そして、流川の指が入っていることも、ちゃんとわかる。花道は、半分興奮して、半分冷静だった。
一方、珍しく攻めるだけの流川は、自分の記憶通りにやっていた。どちらかというと淡々としていて、それで興奮できたわけではなかった。
適当に動かしていた流川の指が、花道のとある一点に触れたとき、半勃ちだった花道がいきなり爆発した。それには、流川よりも本人が驚いていた。
「うぎゃっ な、な、な、何だーーっ?!」
花道が騒ぎ終わるまで、流川はただそこに正座していた。手を拭きながら、攻める自分をずっと振り返っていた。
「お、オイ? あれ…何やってんだ?」
流川はゆっくりと体を倒しながら、賑やかなセックスだと笑った。
「これとこれ、使え」
「……へっ?」
花道の手には見慣れないものが乗せられる。けれど、それが自分たちのセックスには必要なものだということはすぐにわかった。
「……さっさとしねーと気が変わる」
「こ、このっ テメーはよー……こんなの…どこで…」
勉強してきたのか、と花道は不思議でならない。
「…三井先輩に聞いた」
「なっ な、なにぃーーーっ?!」
流川は俯せに寝返りながら、ため息をついた。
「……やんねーなら寝る」
「ちょっ ちょっと待て…えーーっ」
その夜の、思い返しても甘いムードになるまでには、それから1時間以上かかった。
そして、その夜から一週間と3日。本格的に春休みに入り、部活のみとなった毎日は、二人にとってバスケット中心となる。予定ではそうだった。
今日から一週間、流川は花道の部屋に公認お泊まりだ。今夜からのことを考えるだけで、花道はやかんのように沸騰した。