Fox&Monkey


   

 2年生の最後の試験は、クラス分けの基準にもなるという噂だった。それだけでなく、進路希望を取られている。教師のどういう配分かはわからないが、最高学年になるための試験でもあった。
 花道も流川も、このことを深く考えたわけではないけれど、しばらく顔を合わせなかった。元々クラスも違い、部活もない。自主練も全く個々でやった。わざと避けていた。
 勉強に集中できる状況にあっても、それができるのであれば苦労はない。結局二人ともかろうじて3年生に上がれることが決まった。

 心置きなくバスケットのみの春休みを送れることになり、花道も流川もホッとした。それもつかの間、心拍が上がるような話が飛びだした。
 それは一本の電話から始まった。
「はい桜木…」
「あの…流川楓の母でございます。いつも息子がお世話になっております」
 穏やかで流暢な明るい声に、花道の心拍は跳ね上がった。初めてというわけではないけれど、いつまで経っても、おそらく永遠に流川の家族と話すこは落ち着かないだろう、と思う。やはり、間男だと思っているのだ。
 花道はゴクリとつばを飲み込んだ。
「あの…花…」
「お、俺です。俺…こ、こんにちは。おかーさま」
「…桜木くん?」
 電話のあちらでも少し馴染んだ様子が伝わる。花道は背筋を伸ばした。
「えっと…あの、今日は…来てないンすけど…」
「まあ…ごめんなさい。おばさん、いつもそんな電話ばっかりだったかしら…」
 ふふと笑う優しい声に、花道もつられそうになる。
「はあ…」
「楓は家にいるわ。これから出かけるらしいんだけど、その前に桜木くんとご家族に厚かましいお願いがあって…」
「は…はい?」
 花道の背筋から汗が流れ落ちた。その内容に驚かされただけでなく、花道はウキウキした。それは事実だった。

 流川の父の単身赴任が決まり、その引っ越しのために母親が付いていくのだという。親としては、バスケ以外に能力のない息子を一人置いておくこともできないため、一緒に行くことを望んだ。けれど、バスケットをできない日が続くことに耐えられない息子は、一人で残ると言い張った。
「でね…最後には「桜木ん家に行くからいー」って言うのよ、あの子ったら…」
「…はあ…」
「でもね、一週間はかかると思うの。ダメといっても聞かなくて…」
「……はあ…」
 花道にはそれしか言えなかった。これまでも一週間のほとんどを花道宅で過ごしたこともあったから。
「きっと桜木くんのところにお邪魔してしまうと思うの。それでね、一度きちんとご家族の方にご挨拶を、と思うんだけど…」
「はあ…あ…えっ? ご家族?」
「ええ。お父様かお母様はご在宅かしら」
「えーっと………流川…くんから聞いてないッスか?」
「…あの子がいうには、会ったことない…って。しつけがなってなくて、挨拶もしてないのねと怒ったんだけど…」
 花道は、一呼吸置いてから説明した。
「あの…ウチ、親父が死んでて…おふくろとも別に住んでるんで…その…」
「まあ…そうだったの。お母様は家にいらっしゃらないかしら」
「あ、その、全然…ですんで、別にその…キガネとか…ゴアイサツ…とか、いいッス」
 流川の母は、自分と同い年の少年の境遇を哀れんだのか、しばらく雑談を続けた。花道の汗は止まらないけれど、その心遣いを断ることもできず、お決まりの返事ばかりを繰り返していた。
 受話器を置いたあと、流川には両親のことを話したこともなければ、別居していることも言ったことはない。けれど、流川も聞いてこない。有り難くもあり、少し寂しくも思った。

 この電話から小一時間も経たない間に、噂のわがまま息子がやってきた。
 花道は、玄関で迎え入れながら冗談めいて言った。
「おいキツネ。宿泊費を払えよ」
 流川は初めて聞く言葉に驚いた顔をしたけれど、聞き流したかのように返事をしなかった。
 これで、一週間花道宅に滞在するのが決定した。


  


「バスケット人生」の頃も、花道の家庭の設定はこうだったんですなー実は。

2003. 5. 19 キリコ
  
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