Fox&Monkey


  
 朝から夕方までバスケット。たまに昼寝も入る。そんな毎日は、流川には幸せだと感じる以前に、それがごく日常だった。これが、彼にとっての人生なのかもしれない。それ以外に大きく望むものは今のところないのである。
「まあ…どあほうくらいいてもいい」
 そう口にした本人が驚くくらい、すらりと言葉がでてきた。本人が考える前に、感じていたのだろうか。流川は遠くでシュート練習をしている花道を見ながら、汗をかいていた。
 花道の上達は、怪我をした自分を差し引いても、まだまだ追いつかれるものではない。けれど、流川に敵わなくても、県内で花道を越える人物は片手ほどではないだろうか。ひいき目でなく、流川は冷静に花道を観察する。バスケットを始めてたった2年だと、誰が信じるだろうか。
「おいルカワ、オメーはもうヘバってんのか?」
 相手をしろという意味らしいが、言い方がいちいち流川のカンに障る。こんなヤツのどこがいいのか、自分で首を傾げてしまう。けれど、悪態を付きながら、流川はコートに向かった。
「体力だけ男が何言ってやがる…ヘタクソ」

 体力はある、流川は心からそう思う。まさかこんなところでそんなことを確認することになるとは思ってもいなかったが、外見を裏切らず、花道のセックスは流川にはきつかった。帰り道、流川はそんなことを考えて、一人耳を赤くした。
 これまでの5日間、ほぼ同じサイクルで同じ生活パターンを過ごしている。部活以外、ほとんど二人きりだ。数えられるくらいの会話も、決まり切ったものだけだ。それに、すっかり慣れてしまっていた。同じものを食べて同じように動いて、同じように眠ると、夢まで一緒なのではとすら思う。もっとも、流川はこの5日間、夢も見ないくらいグッスリ眠っていた。
 それというのも、毎晩のきついセックスのせいだ、と流川はため息をつく。肉体的に辛いというよりは、体力負けしていた。花道が気遣っても流川が拒否をしないから、エスカレートしていくのは当然の成り行きだった。
 今日も何回だっただろうか。流川には数える気力も残っていない。互いの体に慣れてきたのは嫌でもわかる。けれど、寝返りを打って目覚めるくらいの痛みが残る日は、気持ちよく寝息を立てる隣人を無言で睨む。頬をつねってみても、花道は深い眠りから覚めなかった。
「ずりぃ…」
 と思うのに、流川はこの立場を逆にしようとは思わなかった。一度そうしようとしたときに、花道が両手を組んで体をこわばらせたのが哀れだったからか。それ以外に流川には説明しようがないけれど、とにかく自分が花道を抱くことに抵抗があった。触れるのは嫌ではない。けれど、何かが違う、とすら感じる。
 では、自分が受け入れることを喜んでいるかというと、そうでもなかった。痛みはそれほどではないにしても、突飛な行為にも思えたし、「セックス」という言葉が本当に当てはまっているのかも疑問だった。ただ、自分の中で感じて、目の前で何とも言えない表情をする花道を見られることは、決して不快ではない。イク瞬間に名前を呼ばれると、流川の胸が鳴る。可愛い言い方をすると、そんな感じだった。
 流川は枕に顔を埋めて、熱くなった耳が冷めるのを待った。


 花道は、たいてい流川より後に寝て、先に起きる。これは、前から変わらない。違うのは流川の顔だ、と花道はマジマジと眺める。涙を潤ませるからか、ここ数日の流川の瞼は浮腫んでいる。目やにや固まった鼻水が見えることもある。情けない顔なのに、花道は目が離せなかった。そっと髪を撫でても、流川は目覚めたりはしない。かなりの時間そのままでいて、花道は我に返って飛び起きる。
 鼻歌交じりに機嫌良く朝食を作り、変わらぬ体勢で寝たままの流川を起こす。畳にふとんという狭い部屋だけど、まるで映画のワンシーンだとすら思う。ロマンティストの花道の夢を叶えるものだった。
 起こす相手はシーツから肩を出したままだ。まっすぐな髪は重力に従順で、こちらに向ける背中から、花道はうっとりと声をかける。愛しい人の名前を囁くのだ。
「ルカワ?」
 その顔を覗き込んで、花道は目が覚めたかのように瞬きした。自分は今、誰を呼んだだろう。おかしい気はするのに、見える顔は間違いなく流川だった。名前を呼ぶ前に、果たして自分はどんな言葉を思い浮かべたのか。
 花道は大慌てで台所に戻った。きっちり一人分の朝食を食べ、歯磨きするところは、習慣のおかげか。
 今更ながら、花道は赤面した。

 

  


2003. 5. 19 キリコ
  
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