Fox&Monkey


  

 花道は「走馬燈」という単語を知っていた。その使用方法は別として。

 自分の誕生日には、いつも悪友たちと騒いでいた。約束でもなく、当然の予定だった。高校に入ってからも、それは変わらなかった。
 春休みにあたる4月に産まれた花道は、軍団の中で最後に誕生日を迎える。それが問題になるわけではないが、年齢のずれを感じることがあった。たとえば、軍団全員が17歳になった頃。
「俺たちゃ、花のせぶんてぃーんだぜ」
 酔った口調でそう笑う仲間に、花道は生真面目に答える。
「…俺ァ、まだ16」
「お、そうだったなー」
 と頷かれはしても、それも酒の肴になる。花道もそれが不快というわけでもない。
 拘ることでもないけれど、自分は誰よりも、当然流川よりも「後」というところに引っかかっていた。
「別に。年が上でエライわけじゃねーし」
 同じ学年だから、気にするほどのことでもない。しばらく考えた花道は、自分が晴子より後だということに少しショックを受けた。受けたつもりだった。
 認めたくない心の中は、流川楓が占める割合が多かったのだ。
 ともかく、花道は無事に17歳の誕生日を迎えた。

 時報とともに、ということに、花道はワクワクする。いつもと変わりない風で泊まりにきた流川だけれど、きっと何かが違うと期待していた。教えた覚えもないことを、花道は念頭に置いていなかった。
 けれど、さっさと寝てしまった流川の背中に、花道は舌打ちする。もうすぐ自分の誕生日なのに、と少しだけ肩を落とした。それでもまだ、何か驚かされるのでは、と心のどこかで待ち望んでいた。
 時計の針を見つめたまま、花道は声を出してカウントダウンする。そういえば、年越し、流川の誕生日もそうだったと気づいた。
「む。誕生日だな。うん」
 両腕を組んで、花道は鼻息を荒くした。「さあ祝え」と隣人を振り返るけれど、そこには先ほどまでと何ら変わらない流川の姿があるだけだった。
 背中の方から覗き込んでも、流川はピクリとも動かない。その静かな寝息は規則正しくて、深い眠りの中にいるらしかった。
 花道の肩は、今度は目に見えて落ち込んだ。
「てめぇ……」
 文句を言ってやろうと思うのに、花道の大きな手のひらは流川の髪を穏やかに撫でる。ザラリという手の感触が、花道には心地よかった。
 しつこかったためか、流川は怒ったような声を出す。うっすら瞼も開いたけれど、それは一瞬のことだった。
 触れられると、まるで当たり前のように引き寄せられる。流川は、正座をした花道の腰に巻き付いた。
 花道の心拍は跳ね上がった。
「テメ…起きてやがンのか?」
 尋ねても、膝の上からは相変わらず寝息しか聞こえない。花道はため息をついてから、無意識に行動した。
「このヤロウ…俺様の日だってーのに」
 苦しい体勢に屈んだ花道は、流川の首を腕で支える。重い頭はその後ろにカクンと倒れる。のけぞった首筋の白さは、見慣れても見飽きなかった。
 肩を抱いて上体を起こし、花道は流川の耳元に話しかけた。
「この…バカギツネ…」
 せっかく一緒にいるのに、と花道は悔しがる。
 その後、ほんの少し目覚めた流川が両腕を花道の肩まで上げた。開かない目ではなく、手のひらで花道の顔を確かめる動きに、花道は動けなくなった。目や鼻に乱暴に触れられて眉をひそめたとき、乾いた流川の唇を頬に感じた。
「ル……?」
 花道の頬は、一瞬で沸騰した。その後、急に意識を遠のかせたらしい流川の重みに腕が引っ張られた。首が倒れるのと、腕がふとんに落ちるのが同時で、先ほどのキスにどれだけ労力を使ったか、花道にはわかった。眠たいときは何をしても起きないあの流川が、である。
「こ、こ、この…バカッ!」
 あの流川が、である。あの、の形容詞が思いつかないくらい頭がいっぱいになりながら、花道はいろいろ思い出す。バスケットをしているところから、寝ているところ、食べているところや、饒舌とはいえない話し方、何よりも自分とのSEXしている姿が最も強烈だった。
 あの流川楓が、自分の誕生日に自分の部屋で、一生懸命祝ってくれた。
「…たぶん」
 その単語を語尾に付けるあたり、花道にもまだ自信はない。
 けれど、こんなにも胸が痛く熱くなるような誕生日は、未だかつてなかった。
 一緒に過ごしたい相手の名に、まっさきにそのフルネームをあげた。自分の望み通り来てくれた流川に、自分は大いに期待した。一緒にいられたら、「もっと」と望んでいた自分。けれど、プレゼントよりも自分のためにしてくれた努力が、花道には嬉しかった。相手の誕生日には、自分もそうだったから。
「チクショウ……ス、キ…みてー…」
 流川をふとんに落とすことまで気が回らず、花道は両手で後頭部を抱えた。ばふっという音を立てた枕に広がる黒い髪から、花道は目が離せなかった。
 きっと間違いない。そう思いながら、花道はこれまでの二人を思い返した。そして、これからのことを考え始め、ますます眠れなくなってしまった。

 

 


2003. 6. 17 キリコ
  
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