Fox&Monkey
花道は湯立った顔に気づき、頬を両手でつつんだ。倒れた状態のままの流川から視線を逸らし、花道は這うように窓辺へ逃げた。早鐘を打つ心臓の上に手を当てて、冷たい窓に頭をぶつけた。
「チガウチガーーウ」
花道が揺れるたびに、窓ガラスもギシギシとなる。ゴンと大きく鳴らした後、花道はそのまま動かなくなった。
「…………チガ…ウ…?」
花道は、流川を振り返った。
「………好き…?」
そういう気持ちは、もっとフワフワと温かくなるような、穏やかなものだ。花道はそう思っている。今の今まで、そう思っていた。こんな胸苦しいのは違うはず。
よりによって天敵であるはずのキツネが、と心の中で毒づいた。
「だいたい、あのバカキツネは…無愛想で、カワイクねーし…いいトコなんて……」
いつもの口調で言ってみても、今ひとつ乗らない。流川に対する形容詞は、悪いものならいくらでも並べられると思っていたのに。
花道は、後頭部を抱えて、声を出さずに叫んだ。
何が原因なのだろう。初めて会ったときから、とにかく印象は最悪だったはずなのに。
そして、いつからだろう。
「流川は俺が倒す…」
そう思っていたはずの自分は、いつも流川との対決を楽しみにしていた。部活でも、二人だけのコートの上でも。
バスケットをおいておくとしても、花道の生活は流川で埋め尽くされている。振り返っても、花道には二人でいた時間しか思い出せないのだ。
「だーーーっ!」
一人百面相をしながら、花道はまた窓ガラスを叩き始めた。
流川が怪我をしたとき、どれほど心配したか。その回復を、自分のことのように喜んだ自分。それは否定できない。
部屋に泊まりにくることを、首を傾げながらも拒否しなかった。それよりも待っていた自分を覚えている。一人の夜を寂しいと思った日もあった。
キスをするのもセックスをするのも、花道は流川が初めてだ。そうしたい、と望んだこと自体が初めてだった。その相手は、花道の中では「夜の流川」だ。
もしかして、「二重人格」と思い込んでいたのは自分の方なのだろうか。
花道はそのことにやっと気がついた。
「………俺って……サイテー…」
気づかないふりをし続けてきた。相手が変だとか、なぜだろうとか、そういうのをすべて流川に預けてしまい、自分は被害者のような顔をしていた。
背中に長い腕を回されるだけでウットリしていたのに。自分からキスをして、返されたら胸を熱くしたくせに。受け入れ始めた流川に夢中になったのに。性欲処理ならば、自分はフェラチオなどしない。悦ぶ流川を見て嬉しいと思った自分はどうなのか。
つらつらと、花道はこれまでの自分を罵った。
「ルカワ……」
その声に反応したように、流川がモゾモゾと動いた。花道が慌てて振り返ると、寒そうに自分の肩を抱く流川が見えた。そういえば、ふとんを剥いだままだった。
「あ…すまねぇ…」
起きていない相手に、花道は素直に謝った。
花道がふとんを掛けると、流川はその端をつかんで丸まった。そして、温かい体温が伝わったのか、寝たまま花道に擦り寄るのだ。花道の胸は、また熱くなった。
「さむかったか…?」
流川の肩を手のひらで撫で、花道は子守唄のように囁く。
自分はなぜこの男を労わっているのだろうか。なぜ、こんなにも優しくなれるのか。
「…好きだから」
自問自答する。その気持ちから、逃げるのを止めた。
こんなにも、好きで好かれているからこそ、穏やかだったり、イライラしたりする。
黙ったまま自分を受け入れてくれる流川が、自分を嫌いなはずはない。そんな勝手なことを思う。自分が強請しただけかもしれないのに。
「…さくらぎ…?」
うっすら目を開けた流川は、座っている自分を不思議そうに見ていた。その声こそが、花道には告白に聞こえるのだ。抱き合う最中の呼び名は、「好き」の代名詞だ。そう考え始めると、「どあほう」すら、特別なものに思えてくる。
「ルカワ…何でもねぇ…寝ろよ」
そう呼びかけたときには、すでに流川は元の静かな寝息に戻っていた。
花道は眉を寄せて流川を見つめた。
こんなにも、泣きたくなるような切なさを、花道は初めて実感した。
いつからか、花道の頬を伝うものがあった。