Fox&Monkey


   

 最近、花道の誕生日のことばかり考えていた自分は、3年になることを忘れていた。また後輩が入部してくるだろう。昨年のインターハイに出場できなかったことがどれくらい響くのか、流川には想像もつかない。噂や評判だけでなく、バスケットをしたい男がくればいいと思う。そう考えて、流川は入学した頃の自分を思い返していた。

 流川はずっと以前から昼夜を問わず、ランニングを続けてきた。それは流川の日課であり、一年のうちで走らない日はおそらく両手の指数を越えないだろう。
 高校に入学して、新しい部員と出会った。ライバル視されることは珍しくなかたが、それはただのやっかみの方が多かった。桜木花道も、そんな一人だった。
「シロウト…」
 そういえば、全くの素人だった。流川は忘れさせられていた自分に驚いた。それだけ相手の実力を認めているのだろうが、そこまでは気づかない。
 流川はぼんやりと考えながら、夜の砂浜を走っていた。

 これほどイライラするけれど、試合に負けたときとはまた違う。自分が努力しただけでは解決できず、前進も後退もできないことに、流川は初めて気がついた。自分のバスケットを狂わせるくらい花道の存在が大きいことはわかっても、その意味は理解できていないし、どうしていいのかもわからなかった。
 答えのでない思考にいらついて、流川は砂を踏む足に力を込めた。
 忘れてしまえ、と言い聞かせる自分がいた。これまでのままで良かったのに、と。相手の気持ちがわからないまま、自分の胸を痛め続けてでも、花道にはごく自然でいてほしかった。ギクシャクしてしまうような関係は、流川は気に入らなかった。嬉しいよりも、戸惑いの方が大きすぎた。

「ルカワ…」
 薄暗い中で後ろから声をかけられたら、どんな人でも飛び上がるだろう。座っていた流川も例外ではなかった。パッと立ち上がり、反射的に相手との距離をとった。その半瞬後に、声の主を脳が理解した。
 目の前には、荒い息をしたままの花道がいる。もっとも顔を合わせたくなかった人物の、見間違えようもない顔だった。
「……なんで…」
「あ…いや、部屋が暗かったし…走ってッかなーとか、寝こけてやがるか…」
 そうたどたどしく説明する花道は、およそランニングする格好ではない。相手のことをあまり気にしない流川でも、花道が自分を捜し回ったことだけはすぐにわかった。
「…何してやがる」
「なに…って…オメーを探して…」
「だから、なん…」
 流川は途中で言葉を止めた。気にしているのを知られたくなかったし、とにかく今は話したくなかったから。
 自分は、こんなことで立ち止まる男ではない。高校のバスケット部でただインターハイに出場したかったのなら、他の有名な高校に進学すれば済む話だった。けれど、流川は、自分の手で自分のチームを作って、日本一に導きたかった。だから、湘北高校にきた。それなのに、ろくに部員の指導もできないような邪魔なものは、流川には許せない。急に、互いの感情が鬱陶しく思えるようになったのだ。いかに不器用な男か、流川は自覚していなかった。
「ル、カワ…待てよ」
「…ウルセー」
「あんで怒ってンだよ」
「……怒ってねー」
 口調とは裏腹に、流川はスタスタと歩く。出遅れた花道は、流川の肘をつかんだ。
「ちゃんと聞けよ」
 昼間、醜態をさらした人物とは思えないくらい真面目な表情だった。
「俺、話したぞ」
「…何が?」
「洋平たちに…その…」
 あいている手で鼻の頭をかきながら、花道は困った顔をした。とんでもない内容を聞かされて困るのは、流川の方だ。
「…あんだと…?」
「…だから、その…」
「もーいい」
 そういえば、4月1日は花道の誕生日で、今はその日がまだ続行中だ。軍団と帰ったらしい花道は、夜通しでドンチャンするのではなかったのだろうか。今更ながら、ここに主役がいることをおかしく思った。
「俺、ちゃんと言った。オメーらに祝ってもらうのも嬉しいけど、一緒にいたいヤツがいるって」
 流川は、逸らしていた顔を花道に向けた。今日ほどこの顔がマヌケに見えたことはない、と心から思った。しばらく沈黙したあと、乾いた口から馴染みの言葉が出てきて、花道はかえって安心した。
「……どあほう…」
 それ以上、花道は何も言わなかったが、軍団の会話がどのようなものか、流川には想像もつかない。ただ、祝福されるようなものではないだろう。それくらいは流川にもわかる。けれど、つい先ほどまでは花道の存在すらも忘れたいと願った自分は、言葉だけでどれほどの優越感を感じているか。
 桜木花道は、自分といたいらしい。軍団よりも。
 その認識は、流川の胸をずいぶん痛めた。こんなにも感情に左右される自分の体も気に入らない。けれど、すぐに許してしまう自分がいた。
「ルカワ…?」
 耳が赤くなっていることが暗がりでもわかる気がして、流川は花道に背を向けて項垂れた。
「その…俺、やってみてーこと、あンだ…」
「……?」
 あの流川がその申し出が下世話なことだろうを考えたのに、花道の考えはもっと純粋なものだった。
「手、繋いで登下校ってのが、俺のユメだった…」
 思えば、その晩の花道は、ものすごく素直だった。
 流川はその正直さをくみ取って、自分も少し歩み寄ろうと思った。あくまでも、その瞬間だけに限り。
 まだ肌寒い浜辺で、二人は短い時間、互いの手のひらから温もりを伝えあって歩いた。花道にとってはもっとも幸せな誕生日で、流川にとっても忘れがたい日となった。
 

 

 


だらだら続いた誕生日。それ以前からの進みっぷり(?)も一段落!(かな?)
第一話から引っ張った言葉をやっと説明できました。
あくまでも、この連載の流川さんの私のイメージですが…(^^)

2003. 7. 30 キリコ
  
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