Fox&Monkey


  

「好きな者同士が恋人。俺は間違ってるか?」
「……ミッチー?」
 4月の中旬、土曜日のお昼のことだった。
 体育館の入り口に集まり、バスケット部が始まるのを昼食とともに待っていた桜木軍団は、背後からの質問に戸惑った。三井がいることに驚き、その内容に首を傾げた。
「あんだよ、大学生はヒマなんか?」
 大きく口に頬張りながら、高宮は笑う。
「うっせー。授業はねーんだよ」
 それにしてもよく顔を出す、と軍団は思っている。それだけ期待が大きいのだとも考えられた。
「で、いったい何の話スか?」
 洋平も笑いながら、突然の話題を繋いだ。
「おう、水戸。それがよー、流川の野郎、ナマイキにも彼女がいるんだぜ」
 人差し指を立てながら、三井は内緒話だと強調する。その言葉に返事をしないまま、軍団が顔を見合わせた。体育館内では新入部員がモップをかけている。三井には、真新しいジャージが新鮮に見えた。
「…なんか懐かしいな…」
 桜木軍団は次々と話題を変える三井に、心の中だけで反応することにした。それだけ三井の関心が多いともいえたが、最も気になることから焦点をずらしているだけにも思えたから。
「ミッチーってよ、一度は「ぶっ潰す」とか言ってたくせに、卒業してからの方がやけに熱心だよな」
「ははっ ちげーねぇ!」
 そんな笑い声に、三井は血圧を上げた。過去を知っている面々は、やはりやりにくい。
「ウッセーよ、オメーら。留年軍団のくせに」
「おいおいミッチー、俺らは全員3年になったんだぜ」
「あの花道ですら進級してんだからなぁ」
「…桜木がキャプテンねぇ…未だにわかんねぇな」
 しみじみと呟く三井は、同級生の元キャプテンを思い浮かべていた。
「ま、ゴリとは違うし、宮城さんとも違うよな」
「流川の方がキャプテンらしい気もするぜ」
「…そうか? まあ、また違った感じになるんだろうけどな」
「その流川の彼女、どっから聞いたんですかね?」
 洋平は、三井の飛ぶ話を元に戻した。
「ああ、水戸は知ってンのか? 流川の相手」
「…流川がそう言ったとか」
「いや…からかったら、不思議な顔しやがってよ」
 体育館の入り口にもたれて、三井は思い出すように説明する。
「好きな相手に好かれてたら『恋人』っていうよな?」
「…付き合ってるとか、彼氏彼女とか」
「それのどこに違いがあるんだよ…」
「さー?」
 バラバラに答える軍団に、三井は舌打ちする。このメンツもその噂の流川と同い年で、まだ若いのだ。
「まあな。テメーらにオトナの恋愛がわかってたまるもんか」
「……でも流川はススんでんでしょ」
「…水戸、やっぱオメー知ってやがンな?」
「いや…まあね…」
 タイミング良くそこで花道の号令がかかる。指導しにきている三井も素早く反応した。
「…よく見てればわかるんじゃないかな」
 洋平の小さな声は、そばにいた軍団にしか聞こえなかった。三井はすでに1mほどコートに近づいていたから。
 ランニングの後、ストレッチが始まる。そのときに組む相手は、たいてい体型ごとだ。
 軍団が観察する限り、しばらく接触を避けていた花道と流川は、久しぶりにペアを組んだ。それは一同が嫌がる相手だったのもある。乱暴なキャプテンと、憧れの流川、という認識は確かにあった。けれど、二人の呼吸が合っているのは誰の目にもわかることだった。
 遠くて単語はわからないまでも、何か言い合わないと気が済まない二人は、ストレッチの間も文句だらけだ。この二人が実力的に上位であっても、部活のお手本としてはどうかと洋平は思う。じゃれているようにしか見えない行動は、威厳も尊敬もないのだから。
「…よぉーっく見なくても、バレバレじゃんよ」
 そう小さく笑う。「恋人」という言葉は、流川本人以外にもやはり違和感を感じた。けれど、三井の言うとおり、想い合っているのならその表現も正しいのだろう。
「恋人ねぇ…」
「…あんま、アイツらには合わねぇな…洋平」
「……同感」
 花道は、軍団にはまだ相手のことは何も話していない。けれど、軍団にとっては、とっくに承知のことだった。花道が、花道の口で説明するのを待っているのだ。
「…どうする? 祝い酒とか、やっとくか?」
「えーーっ それってメデてーことなンか?」
「…花道の52回目がなかったことは祝っていいんじゃねぇの」
「あれ、ハルコちゃんにはフラれたンか?」
「…コクってもねぇから、カウントしないでいいだろ」
 洋平は、大きなため息をついて肩をすくめた。
「…花道がねぇ…「彼女」じゃなくて「彼氏」とはね…」
「おい洋平、その表現もなんかしっくりこねぇな…」
「ふっ ちげーねぇ」
 桜木軍団は、花道の恋に戸惑っている。それを吹き飛ばすように、乾いた笑いを浮かべた。それでも、花道を大事に思い、バスケットに没頭できることを望んでいることには変わりなかった。
 

 


2003. 8. 6 キリコ
  
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