Fox&Monkey


  

 花道は、久しぶりの流川の居候生活にウキウキした。休みの時期でもないのに、母親が単身赴任先の父親の元へ行くからである。今度も、また緊張の挨拶を受けた。
「学校は休みません」
 と宣言した通り、花道も流川も遅刻もしなければ、食事もしっかり摂っていた。居残り練習の後、久しぶりにラーメンを食べ、花道の家ではそれはなかったかのような食事量だった。まだ育ち盛りで、運動でエネルギーを使っていたから。
「ところで、いったいおかーさまはどちらへ?」
 最後のごはんを口に入れながら、流川は目線だけ花道に向けた。
「…おやじんとこ」
「そりゃわかってんだよっ! だからどこなんだってんだ」
 そんなことも知らなかったのだろうか、と流川は純粋に驚いた。流川本人が説明していなかったのを棚に上げて、呆れて肩をすくめた。
「…おいキツネ…オメー今、ため息つきやがったな!」
「……どあほう…」
「てンめーはそればっか」
「アメリカ」
 胸ぐらをつかもうとしていた花道は、手を伸ばしたまま固まった。
「……へっ?」
「アメリカだ」
 冷静にお茶を飲む流川の姿に、花道はどのように驚いていいかもわからなくなった。予想以上の遠さに、訪ねて行く母の留守の長さにやっと思い当たった。
「あ……そう、ですか…」
 花道は無表情のまま食器を片づけ始めた。

 狭いお風呂に入って、TVも観ずにさっさとふとんを敷く。電気を消すと、ほとんど互いも見えなかった。けれど、それも当たり前の生活だった。
 流川の居候中は、授業中とトイレ以外、ほとんど一緒にいることを、二人とも意識しないようにしていた。
 ふとんに入ろうとする流川を止め、花道は壁にもたれてその腕を引いた。その体勢も珍しくないので、勝手を知る流川はふとんごと花道の腕の中にもたれた。そうすると、間をおかずに花道の長い腕が流川を包む。立てられた膝小僧を、肘おきにするのだ。耳元でボソボソと語りかける花道のその声が、流川は嫌いではなかった。
「なあ…」
 流川が返事をしなくても、花道は起きているのを確認して続ける。
「オメーは一緒に行かなくてよかったのか?」
「…なにが?」
「だってよ……アメリカだぜ?」
「…だから?」
 花道はふとんの上から流川の腕を撫でる。それが甘える仕草だと、流川は思っていた。
「…行きたかったんじゃねぇの?」
「……チガウ」
「えっ…」
 目を閉じていた流川は、少しだけ振り返り、花道を見返した。
「行きたいんじゃなくて、行く」
「あ、ああ…ああそう…いう…」
「今は行けなかった」
「………なんで?」
 花道の心拍が上がったのは、彼がある言葉を期待したから。けれど、この相手にそんなものを求めるのは無理な話だったのかもしれない。
「日本一」
 それでも心のどこかでそう言うと思っていた花道は、やはりと思ったり、少し寂しく思ったりもした。
「…にほんいち…か…」
「インターハイに行く」
「……おう…」
「桜木」
 花道は、バスケットの話題のときの流川の話し方が好きだった。まっすぐではっきりしていて迷いがない。こちらまで引っ張り上げられそうだった。
「他人事じゃねー」
「…はっ?」
「桜木、テメーと行く。アメリカはその後だ」
 暗い中で目が慣れると、流川の黒い双眸まで見える気がした。
 それはどういう意味なのか。
 自分とインターハイに行きたいがために日本に残った、と花道は都合よく解釈した。そして、その後のアメリカも一緒に行こうと誘われた、と。
「ち、ちったあ俺様の実力に頼りたくなってきやがったな、キツネめ」
「うぬぼれんな、どあほう…」
 シシシシと笑う花道の膝を、流川は叩いた。

 

 


2003. 10. 31 キリコ
  
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