Fox&Monkey
試合のない日曜日の夜だった。花道と安西がともに交渉に粘りを見せ、学校側に特別練習の機会をもらっていた。だから日曜の昼間も、体育館を使用できた。その夜のことだった。
花道と流川は、日のあるうちに公園のコートに出かけ、その後はランニングに砂浜へ向かった。疲れすぎてはいけない、と頭でわかっていても、じっとしていられなかった。これからの試合は、一つとして負けるわけにはいかなかったから。
流川がいつからか花道のことを「初心者」と呼ばなくなったことに、誰も気づいていなかった。流川本人も無自覚だっただろう。どの程度かはわからないが、花道をチームメイトとして頼っている。それは流川が認めるところだった。
そして、こうして同じメニューをこなしてみて気づくのだ。花道の化け物じみた体力に。
「やっぱもののけ」
以前にもそう言ったことがある。そして、怪我で休んだせいもあるが、流川にはそこまでの体力がつかない。そのことに苛ついた。
花道は、流川が自分のことをそんな風に言いだしたとき、切り上げるようにしている。弱音を吐かない流川の、小さなサインだと思っているのだ。実際、花道にはまだ余力があった。そのことを常に自慢しがちな花道だが、このような流川には逆効果なのを知っていた。
「おい、牛乳買って帰ろうぜ」
呼吸を整えながら、花道はのんきに言う。荷物を持ったら、もう走れないのだ。そういう合図だと流川もわかっていた。
「……おう」
ずいぶんと互いを気遣えるようになったと、本人たちはあまり自覚していなかった。夜のランニングは、花道の楽しい時間だった。この地域ではすっかり有名人な彼らだが、闇の中を走るにはそれほど目立たないし、邪魔も入らないのだ。日中なら、なぜかカメラを向けられたり、流川のおっかけが多く、花道を苛立たせることもある。
そして、花道宅の近くまで来るとクーリングダウンを兼ねて二人は歩き出す。その角からは人通りが少ないのもよく知っていた。だから、ほんの50mの距離を、二人は手を繋いで歩くのだ。その日は花道が反対側の手で牛乳をぶら下げていた。
初めてそうして歩いたときはガチガチだった花道が、今では鼻歌でも歌いそうだと流川は思う。暖かい手はいつでも同じ体温で、寒い日はそこで暖を取った。けれど、5月も終わる頃では暑いほどだ。そんな風に考えながらも、流川はそれを止めろとは言わなかった。
その短い時間が終わりそうな頃、ずいぶん後ろから彼らはその姿を認められていた。それは花道に会いに来た三井で、それまで一緒に飲んでいた洋平が一緒だった。
「なあ…今階段上がってったの、桜木じゃねぇの?」
「…たぶん」
初めて花道宅を訪れる三井だが、その特徴的な髪型や背格好は薄暗い中でもわかった。そして、花道の後をついて上る姿も、よく見知ったものだった。
「……ありゃあ…流川か?」
「…たぶん」
「なんで?」
「…ってなにがです?」
三井は驚きで前屈みになったままだった。
「あいつら、仲悪かったよな?」
洋平は彼らの姿を見たときから考えていた言い訳をスラスラと述べる。
「…まあ、主将と副主将ですから」
「………そんなもんか?」
確かに赤木と木暮はよく相談しあっていた。けれど、彼らは中学からのバスケ仲間だし、信頼度が違うと思う。思うけれど、他に答えも見つからず、三井は長い指で頭をかいた。
そんな考えにはまっている三井に、洋平はため息をついた。できれば、自分の口から話したくなかった。
「で、三井さん、花道ンとこ、行きますか?」
「あ?」
「…激励に来たんでしょ」
「あ、ああ……」
順調に勝ち進んではいるけれど、かつての自分を思い出して三井はどうしても後輩たちを励ましたかった。面と向かって頑張れというのではなく。
うーんとまた後頭部をかいた後、三井は暗い空を見上げた。
「まあ…夜も遅いしな…」
三井が自分を飲みに誘ったのに、と洋平は笑った。
「あいつらがなんか打ち合わせとかしてたら悪ぃし、今日は帰るわ」
「…また指導しに来れば」
「…安西監督にも会えるしな」
三井はやっと笑った。それでも首を傾げながら、駅の方へ歩いていった。
「最近、ミッチーとよくしゃべってるなァ」
洋平も三井がしていたように後頭部をポリポリかき、花道の部屋を見上げてため息をついた。自分の親友よりも、という意味だ。そして、その花道自身、誰よりも長い時間を流川と過ごしているに違いない、と寂しく思った。