Fox&Monkey
夏の気配が濃くなった頃、彼らは久しぶりに苦況に立った。これまでが順調すぎたのかもしれないが、特訓してきたのは湘北だけではないのだ。ここまで上り始めると、止まることは恐怖にも思える。そしてそれは、低学年よりも3年生にその傾向が強かった。
「最後の夏」
その言葉を、花道は何度呟いたかわからない。たかだか高校3年生と思ったいたけれど、こんなにも本当に「がけっぷち」なのだと思わなかった。そして、今日、勝てなければ、終わりだった。
「チクショー! 負けねー!」
コートに向かって叫ぶキャプテンを、後輩たちは少し離れて見ていた。相手チームのタイムに乗じて、こちらも息を整える。そんな時間に、花道は体力バカを証明していた。
「…どあほう…」
口で言ってもどうにもならないのに、とため息をついた。イライラしているのは流川とて同じだった。もう時間もないのに、わずかな点差が埋められないでいたから。
「な、流れを変えれば」
「…あたりまえ」
「ちょっと確認しただけだ。天才の俺様が知らないはずないだろーが」
「……誰が天才」
そんなやりとりは、なぜか小声で行われた。冷静になるための会話だと、お互いは気づいていなかった。いつもの彼らに戻るために、いつもの小競り合いをしているだけなのだ。
「こンのーキツネ!」
「…うるせー、静かにしやがれ」
その声が聞こえなくても、いつも見ているチームメイトなら彼らの会話は想像がついた。そして、花道の大きいリアクションも予想通りだった。
けれど、少しだけ見慣れないものもあった。
俯いた流川の前髪を、花道は指で引っ張ったのだ。
「オメーよ、目に入らねぇ?」
「……別に」
「うっとーしくねぇの?」
そろそろ切らねばと思っていたところに先に指摘されて、流川は素直に肯けない。けれど、花道の言うとおりだった。
「あ、それとも俺みてーにすると邪魔じゃないぞ?」
そう言われたときやっと流川は花道の手をやんわりと除けた。流川が「冗談じゃねー」と呟いたのが聞こえたが、それ以外の会話はやはり誰にもわからなかった。
それを見ていたチームメイトは少なかった。けれど逆に、応援席の先輩たちは彼らから目を離していなかった。だから、全部見ていた。その日、久しぶりに湘北バスケ部が揃っていた。かつて一緒にインターハイに言った面々がだ。今の部員について詳しい三井の解説に、赤木は今でもキャプテンであるかのように頷いた。今の湘北を引っ張っているのが花道と流川だと、誰の目にも映った。
そんな彼らの妙なムードに気づいたのは、三井と彩子だった。
「おい…あいつら…」
「なんですか、三井サン?」
宮城はすぐに応答したが、それ以降言葉は続かなかった。彩子に振り返った宮城は、その彩子も同じように目を見開いていることに驚いた。
「なに? なんだってんだ?」
自分と同じように首を傾げる赤木と木暮がいたから、宮城は「まあいっか」と落ち着いた。ちょうどそのとき試合が再開したから。
一方、見る目が変わった三井は、二人の動きだけに集中していた。息の合うプレーは見ていて気持ちいい、とのんきに思った自分に呆れていた。このとき「おかしい」とは思わなかった。まさかと疑うよりも、なるほどそうだったのか、という納得の方が大きかったのだ。そう思える要素を、彼は持ちすぎていた。今日は何としても洋平を捕まえよう、と三井は心の中で思った。そして、ほんの少しの間とはいえ、試合に集中していなかったことを詫びた。試合再開の合図の少し前、花道と流川はまだ二人で話をしていた。
「ルカワ…リーグ戦だ」
「……それは次」
「おお! だからよー」
「今日、勝たなきゃ次はねー」
「…そーゆーことだっ オメー、意気込み足りねーんじゃねぇの」
流川は冷たい視線を浴びせ、先にコートに向かった。
「これ終わったら、お祝いに髪切りにいこーぜ」
「……なんで」
「…なんで…って意気込みだよ、イキゴミ!」