Fox&Monkey


  

「ヘンタイ」
 この言葉を何度吐いただろう。口にするボキャブラリーが少ない流川の、まるで下克上をした単語だった。それを言わせる相手も「どあほう」と同じくらい聞いている、と認識していた。
 そのサインを最初に送ったのは、負担の大きい流川だっただろう。言葉で断ったわけではないが、花道も同じようなことを感じたに違いない。二人は県大会が始まってから、SEXするのを止めたのだ。ただし、挿入はなしというだけで。
「…このヘンタイ…」
 その言葉は普通の状態ではなく、艶のある声でしか聞いていない。花道にとっては、その「ヘンタイ」と呼ばれる行為への増幅材にしかなっていない。流川はそんなことには気づかなかった。
 繋がれない分、より献身的になった。花道はそう思っている。けれど、流川には花道がおかしくなったとしか受け取れない。快感を感じてはいても、どこか空恐ろしかった。それなのに、この言葉以外は止めようともしない。心と体のギャップにこそ戸惑った。
 筋肉が綺麗に付いたお尻を持ち上げられ、大嫌いな獣の姿勢を何度させられたか。穴という穴をすべて埋めるかのように、花道の舌は動くのだ。もう、全身のどこにも、花道が触れていない場所はないのではないか。ぼんやりとした頭で流川は驚いた。指でも舌でも、ときにはボーズ頭にする前の赤い髪までが、自分を愛撫する道具となった。ものすごくSEXなのだ、とおかしな文章が浮かんだ。

 その日は久しぶりの夜だった。
 花道を受け入れただけで苦しいのに、この後まだ律動が始まるはずなのだ。しばらく間が空くと気持ちが初心者に戻った気分だった。
 その夜、これまでと何が違ったかと聞かれれば、二人ともが浮かれていたということだろう。そんなことがきっかけになるのか、当人たちにもわからない。けれど、確かにいつもと違っていた。
 例えば、二の腕にしがみつく手のひらや。
 肩や背中、シーツの上を、所在なげに迷う腕や。
 少し短くなった髪が、動かされる首と同時に流れを変えるところとか。
 花道は、全部見ていた。
「ルカワ?」
 動きを止めないで呼びかけると、困ったように眉を寄せる。目を閉じているのはいつも通りだけれど、呼吸が荒くて余裕がない。呼びかけたらやり返されるのが常なのに、流川の口は意味のない言葉を紡ぐばかりだ。
「…ルカワ…?」
 耳元で小さく呼ぶと、肩を引き寄せられた。だるそうに動く長い腕は、花道の後頭部を撫でる。そのまま枕の下に逃げる手を捕まえて、花道は力強く握った。
 肘で顔を隠そうとする流川を、花道は顎で止めた。汗の浮く首筋を舐めて、耳元でとっておきの言葉を囁いた。こんなにも興奮しているのに冷静に行動する自分が、花道には不思議だった。
 滅多に呼ばない名前にたくさんの想いを込めた。
 だからだ。
 と花道は思いたい。
 苦しそうな切ない声を上げて流川がイッたとき、その目尻からは涙が零れていた。それが何によるものかまではわからないけれど、花道はその瞬間を一生忘れないと思った。
 強い収縮を受けて、花道も突然自分を放つ。
 お互いの荒い息の中で涙を流し続けたのは、花道の方だった。

 インターハイ出場が決まった夜のことだった。

 



最初と最後の一行が書きたかったんですなー(笑)

2003. 12. 1 キリコ
  
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