Fox&Monkey


  

 インターハイ前の合宿に参加するのは、花道は初めてだった。湘北高校の他の部活とは違い、バスケットボール部は学校ですることが多かった。それは、人員や熱気に欠けていたせいもあるかもしれない。2年前の夏の合宿に、花道は参加できず、一人で特訓を受けた。実際にはたくさんの協力者がいたが、チームメイトと一緒ではなかったのが、花道の記憶にいつまでも残っていた。

「テメー、はしゃぎすぎ…」
「え…そうか?」
 林間にある合宿所は、海の近くに住む者にとって新鮮だった。それでなくても大勢でいるのが好きな花道は、毎日が楽しそうだった。一日中バスケットだけに集中できて、24時間流川がそばにいるからかもしれない。いつもより賑やかさに拍車がかかっていた。
「桜木くんってやっぱり元気だね…」
 3年生になってもあまり身長が伸びない桑田は、花道を見上げた。それこそ24時間ほとんど騒いでいるように見えるのだ。その体力は驚異的だった。
「桜木くんって集団行動とかに緊張しないタイプなんだな」
「…ンな繊細なわけねー」
「あンだと! このキツネ!」
 流川が珍しく他の部員の会話に参加する。自然と円になり、笑ったり頷いたり、コミュニケーションを取る。先輩後輩はあっても、もともと気にしない3年生たちだから、その場は和む。バスケットだけでなく、いろんな話題が持ち上がった。もっとも、バスケット以外の話題には、流川も花道もあまり付いていけなかった。


 夜も更けた頃、流川は花道に引きずられるように外に出る。毎晩の散歩は流川には眠たいだけだったが、ボソボソと話す花道を止めはしなかった。インターハイ出場に向けて興奮していても、それだけ流川の気持ちも安定している証拠だろう。逆に、花道の方が落ち着きがないための行動だった。
 花道は、合宿所から少し離れたところで流川の手を握る。そのまま引っ張られるように、流川もゆっくり歩く。都会で育った彼らには、明かりのない木々は不気味でもあった。けれど、そのほとんど見えない中でも、互いの息づかいで安心できた。
 ギュッと握られた手を、流川は視覚以外の感覚で見つめていた。いつだったか海辺でこうして以来、花道は機会を見つけてはこうしようとする。それが嫌なわけではないけれど、どこかこそばゆく感じた。
 つい先日、花道はこんな姿を桜木軍団に見せた。そのことを流川ですら思い出すのだから、花道はもっと頭から離れないのではないか。けれど、あれ以降どうしているのか、聞くことも出来ないでいた。
 それは、インターハイ出場が決まった日から、数日しか経っていなかったと流川は思う。なぜ突然そんな気になったのかはわからないけれど、花道は桜木軍団に自分を紹介した。その表現は正しいものだと鈍い流川でも自信を持っている。


「ルカワじゃねぇか」
 相変わらずカギのかからない玄関は、風通しのためか開いていた。重い腰を引きずって帰ったのを思い出しながら、流川は階段を上った。ひょいとのぞいた入り口で、先客がいることに気が付いた。けれど、首を引っ込める前に洋平と目があってしまった。
「……?」
 心の中で「あれ」と思う。呼ばれてやってきたら、桜木軍団が勢揃いしていたから。
「入れよ、ルカワ」
 花道の声が固いことが、流川ですらわかった。
 同じように呼ばれてやってきた軍団も、その理由をこの瞬間理解した。
 この人数が集まると、さすがに座るところに苦労する。けれど、軍団が作った空間に座る前に、花道は流川の腕をつかんだ。
「…あんだ?」
「オメーら、ちゃんと聞けよ」
 流川は中途半端な姿勢のまま、首を傾げた。花道を見上げていたから、軍団の表情も目に入らない。
「……花道?」
「あんだよ、あんだよー急におっかねー顔しやがって」
「…俺、ルカワと、その、こう……いうことだからよ…」
 しどろもどろに花道は言葉にしながら、流川の手のひらを掴んだ。流川は歩いてきたために、そして花道はおそらく緊張のために、そこに汗をかいていた。
 目を見開いく流川の表情は軍団全員が見ていたが、軍団の誰も驚いていないことを流川は知らなかった。
 セミの声や街の中の雑音以外、何も響かない沈黙を破ったのは、洋平だった。
「…花道、「こう」って何だ? 俺らにわかるように説明しろよ」
「え……っと、その……」
 空いている手で頬をポリポリかく花道は、流川を握る手に力を入れた。意気込みを感じて、流川は花道の本気を知った。真面目に話をするつもりなのだと思ったとき、流川はその場から逃げたくなった。
 なんと思われるのだろうか。誰にも知られずに想い合うことしか、流川の頭にはなかった。男同士で触れ合って、流川は花道を受け入れることすら慣れてきている。先日イッたことまで話すのだろうか、といろんな考えが頭をグルグル巡った。
「そ、その…コイ、ビ、」
 その声にハッとして、流川は顔を上げた。真面目な顔をした桜木軍団と目が合って、流川の動揺は大きくなった。花道の言葉は、今この時期に相応しくない、とまで瞬時に思い、逃げ出す前に花道を殴った。
「こ、のどあほう」
 耳が熱くて、鼻の奥も熱を持っている。その後自分がどうなるのか、嫌でも知っている。「どあほう」と憎まれ口を叩いてるつもりなのに、自分は悦んでいるのだ。
 泣き出す前に、流川はその場から走り去った。嬉しくて、心臓がドキドキした。花道は、真剣なのだ、と怖いとさえ思った。



年明けに手直ししたくなるかも…

2003. 12. 27 キリコ
  
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