Fox&Monkey
夏休みの学校は静かだ、と流川は思う。合宿が終わり、学校での練習に戻った。寸前で疲れさせすぎないために、暑い昼間は避けて活動するはずが、流川はじっとしていられずに一人で居残っていた。
ちょうどおやつの時間に、流川は蒸した体育館から出た。スポーツ飲料を飲み干し、木陰に座り込むと、いっそう汗が噴き出した気がする。ほとんど人の声がない空間でのんびりしていると、軽い空腹を感じた。
「ルカワ?」
突然声をかけられて、自分がウトウトしていたことに気が付いた。驚くほど大声に聞こえたけれど、実際には通りすがりの一言だったらしい。
「おお、やっぱルカワじゃん」
わざわざ戻ってこなくていいのに、と流川が思う間に、桜木軍団全員がこちらに足を向ける。ぼんやりしたままの彼を取り囲むように、軍団はヤンキー座りをした。
「あんだよ、練習してたのか?」
「え、でも花道はまだ残ってたぜ」
「いや、ルカワのことだから自主練だろ?」
「……そー」
少し首を縦に振ったときだけ、あたりは沈黙した。けれど、またすぐに多重音声になる。
「オイ、ルカワは補習ナシってことか?」
「そりゃあ、ないからここにいンだろ」
「前は花道と一緒にお情けもらってたじゃねぇか」
「ってことは、成長してないのは花道だけかー」
キャプテンのくせに、と最後につけて、そこにいない人物を笑う。桜木軍団の陽気さにはついていけないが、嫌いではなかった。けれど、今は顔を合わせたくなかった。自分がどんな顔をするのか、わからなかったから。
「……補習?」
だいぶずれた質問だったが、流川はそのことも知らなかった。
「ああ、俺らもギリギリアウト!」
「オメーは余裕だろ」
「…担任と面談」
と流川は聞いていた。
「それもほんとだぜ。今、マンツーマンってヤツだ」
「進路指導だろ」
「もう夏休みだもんな。受験か就職か」
「ま、花道の成績だったら、どれもムリだって」
ちげーねーと笑う。流川が口を挟むタイミングなど測れるはずもなかった。ほんの少しの沈黙の瞬間、さすがの流川も次こそ何か聞かれるかと身構えた。けれど、洋平の口から出た言葉は、バスケットのことだった。
「花道にとって、いやルカワもだし、湘北の3年にとって最後の夏だろ?」
その問いが深い問いかけだったと、流川は後になって気づいた。
「あいつもまさかこんな高校生活するとは思ってなかっただろうし、高校を卒業した後のことなんて、全然考えてなかっただろうぜ」
「……卒業…」
「ルカワは?」
洋平と流川の静かな会話、言葉以外でのものを含めたそれは、すぐに軍団によって遮られた。
「そらバスケットだろ?」
「アメリカだって」
「…日本じゃダメなのか?」
「バカ野郎。日本にプロっていねーんだって」
どうしてこうもテンポ良く言葉が続くのか、桜木軍団のつきあいの長さを流川は感じるようになった。自分と花道がそれぞれ持つ円が重なっても、花道の円は軍団の円とも交わっている。量の大小はあるかもしれないし、それは本人にもわからないだろう。花道は、これまで培ってきた円に、新しい円である流川を紹介した。言葉では言い表せないけれど、少し疎外感を感じる自分は正しいのだと思う。自分は桜木軍団にはなれないのだから。
「ルカワ…花道も行くのか?」
洋平の真面目な瞳に、流川は問い返すことはできなかった。
「俺は…アメリカに行く」
「……花道とはそんな話はしないのか?」
「将来を誓い合ったり?」
「プロポーズか?」
「花道はまだ17歳だから結婚できねーじゃん」
話は脱線するようで決してそうではないらしい。ただ、からかわれているのか真面目なのかの判断は流川にはつかなかった。
「…あいつのしたいようにすればいい」
意外と小さな声しか出なかった。その言葉の後、軍団は顔を見合わせて肩をすくめた。ため息をつかれたことに、少しムッとした。また間をおいて、洋平が話し出す。
「お前が知ってる花道がいるんだと思う」
流川は顔を上げた。
「俺らがよく知ってる、俺らしか知らない花道もいる」
「……それで…」
「…よけーな忠告かもしんねーけど」
今度は軍団は何も言わなかった。
「花道は…言葉にしてやらねーとわからないかもよ。変な憶測してひとり気に病んだり、勝手にグルグルしちまう」
「……そ」
「と、思う。俺は」
「進路指導のセンコーも大変だろうな」
「同情すンぜ」
「まあ相手が花道だしなァ」
「…ほっといても、ついてく気もするけどな」
洋平は小さく笑って、立ち上がった。
ガヤガヤと盛り上がりながら、軍団は勢いよく遠ざかる。嵐のような登場と会話に、流川は呆然と座ったままだった。ホッとしたような、ドッと疲れたような時間だったから。
「あ、ルカワ」
なぜか背中がビクリと跳ねた。
「なんつっていいかわかんねーけど」
「……なに…?」
「お前、見る目ある。……と、思う」
その言葉に、血圧が上がった気がした。流川は喉の渇きを覚え、休憩が休憩にならなかったことに気がついた。
季節に追いつかれてしまうわー(笑)