Fox&Monkey
行きと帰りのムードが違うのは当然のことだろう。優勝したあとの凱旋であったならば、その違いにはあまり感心を示さなかっただろう。意気揚々と勢いづいて、不安と期待、両方入り交じった前向きな気持ちで溢れていた時間は、帰りの静かな中では倍以上かかっているように感じられる。誰もが同じような気持ちだった。
夏休みの新幹線の割には、空席が目立った。夜遅いためか、たまたまなのか、考えるものはいない。ただ、誰とも話したくない部員が一人二人と違う車両に消えるのは、ごく自然な成り行きだった。
流川は乗り込んでからずっと、窓際でぼんやりしていた。誰の行動も関知していなかったが、隣の花道が座ったことにもしばらく気づかないくらい、何もかも遮断していたらしい。そんな自分に驚いて、流川は握りしめたままの駅弁をやっと開けた。
「あんだ、まだ食ってねーのか」
花道にそう言われても、流川は返事もしなかった。
「じゃあ俺も食うかな…」
流川の予想に反して、花道もまだだったらしい。
こうして横に座って、けれどどちらも前を向いて食べるのが、少しおかしかった。周囲も静かで自分たちにも会話はなく、冷たい弁当をかっ込む。食欲がないところに、一層まずく感じた。
「てめーの弁当、うまいか?」
「…べつに」
「ちょっとくれ」
「…やめろ、どあほう」
どうしようもない会話でも、花道はしゃべっていたかった。車両全体の沈黙が重苦しく感じていたから。包装だけは立派だった駅弁をそのままに、花道も流川もまた静かになった。沈黙に耐えかねるたびに花道は流川にちょっかいをかける。すべて鬱陶しそうに跳ね返されても、花道はそばを離れなかった。
しばらくして会話を諦めたらしい花道は、薄い紙の下で流川の手を取った。少し驚いた流川も、その手だけは突っぱねなかった。互いの手を握り合っているのに、顔をあちこちに向け、少しでも不仲をアピールしているようにも見えた。隣に座っている時点で無駄な努力なのに。
声をかけて慰め合ったりするよりも、ただこうしているのがどちらも良かったらしく、二人ともやっと深呼吸できた気がした。今は何も考えず、けれど無事に帰宅することを目標にした。違う車両に乗っていた桜木軍団や卒業生たちは、疲れて眠る部員たちを見て回った。話しかける言葉は決まっていて、恐縮する後輩たちを少しでもリラックスさせようとするものだった。
花道と流川が並んで座っていることに驚いたのは、赤木元主将や木暮くらいだった。
いつも居眠りばかりしていた流川が起きていて、軽く頭を下げたのに対し、花道はあぐらをかいて眠っていた。狭い座席で大きな図体をどうしまい込んでいるのか、不思議に思えるくらいだ。その長い膝の下で、彼らの手は繋がったままだった。
二人が座る前の列から三井は顔を覗かせた。
「流川?」
「……うす」
「おめーが寝てねーなんてな」
「……どーも」
皮肉っぽく笑われたことくらいは、流川にもわかる。それを軽く受け流すだけで、いろんな会話ができている気がした。あの花道が眠るくらい主将は疲れるのだ、インターハイは大変なのだ、そう言っているのだと感じたから。
「ま、お前もゆっくり寝ろよ、流川」
「…うす」
赤木や宮城たちも、三井の言葉に集約したらしい。少し後ろで頷いているだけだ。そして、いつもは賑やかな桜木軍団も。
「じゃな、流川」
眠っている花道の肩を軽く叩きながら、流川に挨拶して行った。
そしてまた、静かな時間がやってくる。
これからのことは、明日考えようと流川は思う。思っているのに眠れないのだ。
「まーいっか」
肘をついた手の中で、呟いた。
花道の手は相変わらず温かくて、そこに包まれた自分の手だけが眠っている気がする。流川はこの手のようにぐっすり眠ることができれば、と真剣に思っていた。