Fox&Monkey
コート上で赤木に会うのは久しぶりだった。事情が飲み込めていない花道は言われるままに大学に来て、懐かしい顔に首だけで挨拶した。
「挨拶もまともにできんのか、お前は」
とそんなお小言にホッとした花道だった。何が落ち着かないのか、そのときはまだ言葉で表現できなかった。安西から大学の監督へ連絡がいっているためか、花道は見学者としてごく自然に迎えられた。自分が神奈川だけでなく、バスケット関係者の間では有名であるのか、花道自身は認識していない。だから、誰もが「あ、桜木だ」と言うことに驚かされた。
「ゴ、ゴリ…」
「号令だ、行くぞ桜木」
花道は、リーダーシップを取っていない赤木を見るのは初めてだった。彼は常に花道の中でキャプテンなのだ、とそのとき気が付いた。けれど、大学ではまだ2年生なのだから。
そして、人数の多い中での練習、まして大学生の動きは、花道でも息が上がるほどだった。呼吸を整えながら、体力でついていけないかもと一人の人物を思い浮かべる。けれど、彼には日本の大学は関係ないのだ、と花道は頭を振った。
「スゲー人数だな…ゴリ…」
花道の素直な感嘆を、赤木はあっさりと否定した。
「全員ではないぞ。全日本に行ってる先輩がいるからな」
「全員じゃない…いや、全日本? ルカワと同じヤツか?」
「それはジュニアだろう。先輩は全日本だ」
「……はぁ…」
花道は、これまでバスケット界の高校生部門しか知らなかった。だから、卒業後はとにかく大学のバスケット部かアメリカ、という選択肢しか、思い浮かばなかった。
「全日本選手に選ばれたら…」
「えらばれたら?」
「オリンピックだ」
「…オリンピック…にバスケットがあるのか?」
花道の疑問は、赤木の冷たい視線で返された。
「国際試合に日本代表として出る。日本のバスケットの代表だ」
赤木の説明はいつもわかりやすかった。そして、いつも熱を持っていた。高校時代、全国制覇と口にしたように、彼は今その世界を目指しているのだと花道にはわかった。
「全日本に選ばれるには、どーすんだ?」
「大学か企業での試合成績だろうな。それはジュニアでも同じだろう」
「…それを断るヤツって…いる?」
赤木は意外な質問に、少し目を見開いた。
「まあ…いないこともないが……俺は二つ返事をするだろうから、想像つかないな」
「……誰かの替わりでも?」
「例えばケガをしたとか、事情はいろいろあるだろうけど、のし上がるためなら遠慮はしない」
花道が口をとがらせたことに気が付いて、赤木は話を続けた。
「桜木、チャンスというのはどこにでもあるものではなく、いつ来るのかわからない。「次」などないと思え」
「……ゴリ…俺のこと、聞いてンのか?」
「…俺は一般論を言ってるんだ。お前のことって何だ?」
その表情は、本当に知らないように見えた。
「なあゴリ…」
「何だ?」
「全日本ジュニアに選ばれたら……全日本にも選ばれるかな…」
「……さぁな…だが、実力から言えば、最も近い選手かもな。もちろん、技術も体力も上げなければならん」
やはり、赤木の答えはわかりやすかった。その日、花道が得たことは、赤木に教わったことだけでなく、もっと感覚的なものもあった。花道はこれまで湘北バスケ部以外でプレーしたことがなかったのだ。相手が誰で、そんなプレーをするのか知らないと、パスも難しい。敵でも難しいことが、味方だとやっかいだと知った。これまで、同じチームにルカワがいないということは想像もできなかったが、実際に違うチームにいると、自分の動きに違和感を感じたのだ。人見知りをしない自分は、大学でもからかわれたり怒鳴られたり疎まれたりは平気だった。技術で負けていることに気づきもしたし、そのための努力もしようと思った。
安西が花道に全日本ジュニアの話をした翌々日、花道は合宿に合流した。安西は花道に「頑張れ」という言葉は言わなかった。花道が出した結論に何も言わなかったし、こうなることがわかっていたようでもあった。
その安西が監督と話をしに行った後、花道は教えられた自分の部屋に向かう。すれ違う面々は確かにインターハイで見かけた顔で、相手も自分を知っているらしい。花道が参加することはすでに知られているようで、皆はそれなりに愛想が良かった。
けれど、花道は肝心の流川になかなか会えなかった。自分で報告したくて、赤木に教えられたことも話したいのに。