Fox&Monkey
全日本ジュニアの合宿は、想像以上のスケジュールをこなさなければならないことを、花道は合流してすぐ知った。それをルカワは1年生のときにも経験している。今回、自分が補欠だったことも考えると、やはり自分は遅れている、と思うのだ。
「流川? ああ、筋トレしてるんじゃないか」
「よく体育館にこっそり入り込んでるぜ」
といういろんな情報をもらっても、「さっきまでいたけど」と言われてしまう。
花道は、自分が避けられているのだと気づき始めた。けれど、狭い合宿所内のこと、顔を合わさないわけにはいかない。小一時間で、花道は流川を捕まえた。
「ひ、ひさしぶりだな…キツネ」
本当に逃げられると思ったのか、花道は流川の腕を放さなかった。そして、返事をしない流川の目が冷たく光っていることもわかった。
「おいテメー、俺がなんでココにいる、とか聞かねーのか?」
「……知ってる…どあほう」
「な、なんでそうくるんだよ! テメーに追いついただろ?」
「………超どあほう」
流川は花道の手を振りきって歩き出した。顔を見てますます苛ついた、と流川は思う。そして、なぜこんなにも苛つくのかということうまく説明できないことにも腹が立つのだ。呆れているともいえる。けれど、そういった単語だけを発すれば、すぐに逆上する花道とは会話にならない。けれど、こんな状況では明日からの練習に差し支えるかもしれない。そんないろんなことが、流川の頭を過ぎっていた。
何の解決にもならないおっかけっこを止めて、流川は背中を向けたまま話し始めた。
「テメーは、昨日来るはずだった」
「……え?」
「…信じらンねー」
「……な、何が…」
「何を迷うことがある。たとえ誰かの替わりでも」
流川には、花道の心境がわからなかった。「誰かの替わり」になったことはないのだから。そして、流川の言わんとすることがわかってきた花道は、やはり意固地になる。けれど、それは自分のプライドのせいだと、口に出すことは出来なかった。
「ちょ、ちょっとな……か、考えたかったんだよ!」
「…だから何を考えることがある…どあほう」
「い、いろいろだよ!」
「……選ばれたら…断るのは自分の勝手…けど、まさかテメーまで」
二つ返事でやってくると、流川は信じて疑わなかった。そしてそれは、流川や赤木の感覚だったのかもしれない。花道は、このことに関して話し合うのはムリだと思った。
「……俺ァな…ルカワ」
冷たい視線のままの流川を横目に、花道は自分のことを素直に話した。
「こんな風に選ばれたりとか、誰かに期待されたりとか、なかったんだよ。バスケ部ではエラそうにしてっけど、そんなガラじゃねぇ」
流川はその後半部分に首を傾げた。
「ためらうっての。わかんなかったんだよ…全日本って言われても。テメーがジャパンってシャツ着てても「このヤロウ」とは思ったけど、何をしてるのか、わからなかった」
「…聞けば」
「う、うるさいな! テメーじゃなくてゴリに聞いた」
「……何を?」
「…いろいろだよ…いろいろ知った。なんかいっぱい考えたぞ、俺ァ…」
流川は大きなため息をついた。
「テメーは考えすぎじゃねぇ?」
花道の言葉のすべてを、流川はくみ取ることができないでいた。また、もっと違う表現がしたいのに、と思う花道も、これ以上言えないでいた。
「まあ要するに…」
次の言葉までずいぶん間があった。
「………何だ」
「…俺はよ…テメーがいいんだな…」
予想もしなかった言葉に、流川は素直に驚いた。
「大学もスゲーけど、全日本にも選ばれたいけど……オメーとやりたい」
自分に向けられた瞳は真剣なものだった。そんなことを考えているとは、流川は知らなかった。
「オメーのいるチームで、オメーを倒すってのはやっぱり変わらねー。けど、オメーもいるチームじゃねぇと…」
「…アメリカは?」
「そ、そこまでまだちょっと…け、けどよ…しょーがねーだろ? オメーが行くっつうんだから」
「……ひっつき虫」
「な、何だと!」
「…そんなモン……いつまでくっついて回るつもりだ…どあほう」
「ずっとだろ、バカ野郎。俺さまの決意にチャチャ入れやがって…テメーはイヤなのか」
「……一緒、でいい」
小さな声だったけれど、そして消極的な言い方だけど、花道は驚いて肩を落とした。意気込んでいたものが、少し解れたのかもしれない。俯いたのは、鼻の奥が少し熱くなってしまったから。
「……泣き虫」
「だーーっ さっきから、虫虫ってうるせーぞ!」
「…俺も考えてたことがある」
「な、何だよ!」
花道は鼻を啜って顔を上げた。
「テメーが何としてでも…恥も外聞もいーっつーなら話してやる。テメーがアメリカに行く方法」
「……はっ? 何でオメーが…」
流川はその質問に答えず、突然花道にキスをした。今はその話をする気はない、と言われた気がした。触れるだけの優しいそれは、さっきまでの剣呑なムードを溶くものだった。言葉よりも、お互いがわかる行為でもあった。
「……ルカワ?」
「…待ってた」
直接唇に載せられた言葉は、花道には聞き取れなかった。
花道が全日本ジュニアに一緒に選ばれたら…
ルーちゃんは嬉しいんじゃないかなーと思うです(*^^*)