Fox&Monkey


  

 流川という男を、花道はまだつかみ切れていなかったのかもしれない。実際、花道が羨ましがる、まっすぐ前を見つめる流川はいる。花道の想像以上に流川は単純で、自分の感情に素直な男だった。
 自分の提案が却下されることは予想の範疇だった。ただ予想以上に花道は怒っていた。そのことに驚いても、驚いたという表情もできず、ケンカのような形になった。落ち着いて話し合える二人ではないのだ。流川は改めてそのことに気が付いた。
「じゃあどうやってこっちに来るってんだ…」
 流川は、花道がアメリカに行くと言ったことが、本当に嬉しかった。嬉しい、という表現はできなかったけれど。
 花道が出ていったあと、どうやら自分は動揺しているらしい、と思ったのだ。追いかけることもできず、どうしていいのかわからない自分が日常の自分に戻ろうとするのは、ごく自然なことなのかもしれない。流川はロードワークに出て、少しずつ自分を取り戻したのだ。
 そんな過程を流川は説明することはできないし、花道は想像もできなかった。まだまだお互いの理解できない部分が多いままだった。

 自分の中の葛藤すら、脳内でも言語化できていない流川は、花道に対して申し訳ないと思っていることも漠然としかわからなかった。「ゴメン」ではなくて、「取り消し」でもなくて、でも花道の何か、おそらく矜持めいたものを傷つけたらしい。それに対して、自分はどう行動すればいいのだろうか。
 眠っていたはずの自分は、花道の気配に目が覚めた。そのこと自体、流川にはおかしいことだった。けれど、そんな自分が嫌いではないのだ。
 花道はベッドに腰掛けたまま、流川の胸に張り付いている。正直重たい存在は、今の流川には温かいとしか感じない。花道が自分のそばに来たことが嬉しいらしいのだ。
 流川は、高い天井に向かったまま、口角を上げてみた。嬉しい、を表現したつもりだった。
 けれど、自分にはしっくりこない。それよりも、花道の背中に腕を回す方が、花道といるときの自分らしく、また伝わりやすいと思った。
「…ルカワ? 起きてんのか?」
 その質問は2回目だ。自分が返事をしないから、同じ問いを繰り返されるのだ。
 自分たちは、ものすごくコミュニケーションがヘタなのだと心から思った。
「起きてる」
 素直に返事をした流川は、そんな自分に安心してため息をついた。胸郭を動かすと、花道もそのまま持ち上がる。こういうのも一体化というのかもしれない。
「…ルカワ…?」
 返事をする、と自分に課したそばから、流川は首だけで先を促した。
「俺はよ…」
 それから1分くらい、花道は何も言わなかった。言葉を選んでいるのが、流川にもわかった。
「てめーが…その、まあ要するにバスケバカなてめーがよ…」
 流川は花道の背中を叩いた。
「イテッ…まあなんつーか……俺、アメリカに来るから」
「……話が繋がってねー」
 流川の胸の上で花道は顔を上げた。顎が胸骨に乗っかり、流川は少し痛かった。
 花道は、ふいに流川の母の言葉を思い出した。頑固で一途なバスケバカ。
「てめーがほんとに”まっしぐら!”ってのはよくわかったから…」
 自分の手助けなどいらない、と言われた気がした。花道の顎の下で、流川の心臓が少し傷ついた。
「できるとこまでやる。でも……まあその、何だ…最後のホケンっちゅう感じで…頼む…みます」
 歯切れの悪い言葉で花道は紡いだ。それが花道の優しさから出た言葉なのだと流川にはわかった。
 こんなとき、自分はどう答えるべきなのか。花道といるときの流川楓は。
「……あつかましー」
「あんだとっ!」
 これでいいのだ、と流川は笑った。
 間近で笑顔を見せられて、花道の心拍はかなり上がった。その目尻が少し潤んでいるのは、おそらく気のせいではない。けれど、花道は気づかないふりをするのが自分たちらしいと思った。
 首を伸び上がらせて、花道は流川にキスをした。
 軽く触れて離れるとき、同じタイミングで目を開ける。そんな仕草がまたロマンチックだと、花道までもらい泣きしそうだった。
 愛し愛されている。
 そんな単語を初めて思い浮かべた。
 

 


2005. 7. 15 キリコ
  
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