Fox&Monkey
日本に戻ってからの花道は、すっきりした気持ちでいた。目標と目的が決まったら迷いなく進む、そんな流川を見習ったのも本当だった。そして、自分の力でアメリカに行くと言い切ったプライドのために、花道の毎日は忙しくなった。
花道は湘北バスケ部を引退しなかった。毎日ボールに触れて、チームでプレーする感覚を忘れたくなかったから。受験をしないと決めたから、留年しない程度に勉強し、出席もしている。そして、それは流川も同じだった。
毎日同じような生活を送っているが、二人の大きな違いは、花道のアルバイトだった。部活の後、花道は部活後から深夜まで、コンビニで働き始めた。花道は本当は道路工事などの肉体労働を選ぶつもりでいたが、「余計な筋肉がつく」という流川の一言で、しぶしぶ諦めたのだ。バスケットのために必要なお金だけれど、バスケットの邪魔になることは少しでも避けていかなければならない。花道も、それくらい真剣なのだ。アメリカから戻ってから、流川はずっと花道の家にいた。
「なあ、お袋さん、いつ帰ってくんだ?」
「……さー」
流川は花道宅に居着いていた。
部活の後、二人で帰宅する。2日に1回はスーパーに寄る。流川は慣れない買い物にも戸惑ったりしない。おさんどんは完全に花道の役目だったから。けれど。
「じゃー洗っとけよ」
そう言って、花道はアルバイトに出かけてしまう。そこからは、流川は人様のお家でお留守番なのだ。
さすがの流川も、最初の日だけは少し落ち着かなかった。それが、すぐに花道を待たずに眠るくらい、今ではくつろいでいるのだ。
花道はその初日に、電気がついている部屋が嬉しかったし、いかにも所在なさげに壁にもたれて毛布にくるまる流川を見て、胸が熱くなった。本当に同居し始めたように思えたから。
けれど、それはほんの1日だけの夢だった、と花道はため息をつく。
「…また今日も寝てやがる」
新しい日付になって30分と経っていないのに。
流川は電気をつけたまま、ふとんで静かに寝息を立てているのだ。
花道は静かにシャワーを浴びて、温かいふとんに潜り込む。
それはそれで、至福の時間だった。たった一週間の内にできた新しい毎日だが、土曜日だけは少し違っていた。
土曜日は、花道のアルバイトの時間が少し長い。夕食は花道はお弁当で、流川は花道が大慌てで用意した焼きめしだ。つまり、流川は一人で食べなければならなかった。うるさく話す相手がいないから静か、と思ったが、これは予想以上に沈黙の時間となってしまった。
花道はアルバイト先でいつも時計を気にしていた。単調なようで、波がある。未成年でなければもっと遅くまでやっていただろう。けれど、どんなに粘っても24時までだった。今ではそれで良かったと思っている。長く続けるためには無理は禁物だし、今は、家へ帰るのが楽しみだから。
仕事の時間も後少し、というときにでも、客足は絶えない。大忙しというわけではないけれど、花道は世の中に驚かされた。そして、振り返ってお決まりの挨拶をしようとした相手に、もっと驚いた。今頃は深い眠りについているはずの相手だったから。
「……え…ル…カワ?」
流川は花道のアルバイト先を知っている。家から歩いて15分くらいのところで、花道の面接に散歩がてらついてきていたから。
ジャージ姿の流川は、見かけだけはランニング中のようだった。一人に退屈したのだろうかと考えたが、本当はもっと期待する理由があった。
「…迎え…とか…」
けれど、すぐにそれも打ち消してしまう。花道には、流川の行動がよめなかった。
花道がグルグル考えている間、流川は雑誌コーナーをウロついていた。特に目当てのものもなさそうで、ただ何となく手を動かしている。それに飽きると、今度は日用品を見始めた。
もうすぐ24時というとき、流川はスポーツドリンクを買った。レジを挟んで向かい合う自分たちがおかしく感じた。抑揚なく値段などを言う花道に対し、流川はコンビニを出るまで無言のままだった。花道が呆然と見送る背中に、他の店員から「あがっていい」という合図が来た。
今のは夢だろうか、と花道が思いつく前に、流川本人が出口で待っていた。
「…ホントにルカワ?」
「……てめー、これ持て」
「あん? さっき買ったヤツじゃねぇか」
「…冷てー」
どうやら流川は走ってもいなかったらしい。ペットボトルを受け取りながら、花道は大笑いした。流川は流川で、ちょっと照れている。それがわかった花道は、自分の期待通りだったのだと嬉しくなった。10月下旬のかなり冷え込む夜に、流川は自分を迎えに来てくれたのだ。花道は前を歩く流川の手を引き、その冷たくなった指を暖めるように自分の指を絡ませた。