Fox&Monkey


  

 流川が花道のところに泊まるのは、土曜日だけのはずだった。けれど、流川はそうすると決めたら、そう行動する。母親の反対があろうと、花道の驚きがあっても。
 一度帰宅して、やはり母親と揉めたあと、流川は自転車を走らせた。12月の寒い中、心の中で面倒だと思っているのに、流川はどうしても花道のところに行かねばと思った。

 花道のアルバイト先で、驚きで声も出ない花道に、流川は手を差し出した。
「…カギ」
「え…あ、ああ…えっ…」
 状況が飲み込めないまま、花道は家のカギを手渡した。
 それ以上何も言わず、何も買わないまま出ていった流川の背中を、花道は呆然と見つめた。
「今日は……水曜…だよな…?」
 花道は幻を見たような顔をした。

 そんな花道が、定時と同時に飛んで帰ったのは当然だった。夢のようでも、自分は確かにカギを持っていないのだ。ならば、家にいるはず流川を期待したから。
 その流川は、一人きりでもごく普通通りに行動し、暖まった部屋でふとんに座っていた。花道の帰宅時間まで起きている努力をしていた。
 勢いよく開いた玄関に、さすがの流川も驚いた。
「…る、ルカワ?」
「……さみー…閉めろ」
 花道が期待した「おかえり」という言葉ではなかったけれど、部屋の電気がついていたり、暖かい部屋で出迎えられて、かなり嬉しかった。
 冷たい空気を背負ったまま、花道は流川を抱きしめた。
「……桜木?」
 寒いという言葉が、流川の喉まで出かかった。けれど、それを押さえて、流川は花道の冷たい耳を手のひらで包んだ。
「…つめてー…」
 花道には、流川が突然やってきた理由はわからなかった。ただ流川の背中にしがみついて、温めようとするかのように動く手をじっと感じた。
「寝るぞ、どあほう…」
「え…お、おう…」
 上着を着たまま、花道はふとんに引き入れられた。そこは部屋よりももう少し温度が高く、流川の匂いがした。
 その瞬間、またロマンティストな自分が男の部分に負けそうになった。
 もう目を閉じている流川の顔を至近距離に見て、花道の頬は赤くなった。
 部屋が明るいままなのがいけない、と花道は思った。
「ルカワ…?」
 軽く口付けると、流川もほんの少し応えた。それがまた、花道を煽る結果となった。
 流川の頬に頬を重ねながら、花道は現実的なことも考える。平日に最後まではきついはずだとか、もうすぐ冬の選抜で明日もしっかり部活をしなければならない。では途中までなら良いだろうか。
 脳内とは別に、花道の唇はどんどん降りていく。流川は「冷たい」とだけ言って、されるがままだった。
 途中で、体が温まりすぎた花道は上着を脱いだ。めくれたふとんが寒くて、流川は少し丸くなる。その仕草が可愛いと思える自分は末期だと、花道はため息をついた。
「桜木…」
「…えっ…」
 体は自分と同じように興奮を示しているのに、流川の声は落ち着いていた。
「もしも…バレたら、どうする」
「……はい?」
「………軍団みたく」
「…何が…えっ…え、何それ…」
 言葉少ない流川の言葉から、花道は汲み取ったらしい。それは花道を青くすることにも、こんな仮定の話でも、花道の分身が萎えるのには十分だったらしい。流川は自分に当たっていたそれが一瞬で変化したことに驚いた。
 花道が、自分が知っていた以上にデリケートなのだと、そのとき思った。ならば、三井にバレているのかもと気づいたことも言わない方がいいとすぐに判断した。もっとも、人よりやや鈍い流川は、花道の部屋で三井からもらった雑誌を見て、ようやく三井の言葉にも思い至ったのだった。
「…もしも、といった」
「……え、いや……なんで急に…」
「もう寝るぞ、どあほう」
 流川は花道をゆっくりと引き寄せて、その背中をポンポンと叩いた。
 その夜、流川の腕にくるまりながらも、花道はほとんど眠れなかった。

 

 


2006. 2. 23 キリコ
  
SDトップ  NEXT