「いいか、ルカワ。ここではオレが先輩だからな」
「……知るかよ」
だんだん昔のような口の利き方をする花道に、流川も同じように返した。
「だーっ! 相変わらずカワイクねーヤツだな!」
流川の部屋の前で、2人はしばらく小競り合いを続けた。
「だいたいな、手伝ってくれてありがとう、とかねぇのかよ?」
「…オレは、頼んでねー」
「なんだとーー!」
そんな言い合いは、近くにいた先輩に止められた。苦笑とともに。
「いい加減にしろよ、お前ら」
「す…スンマセン」
「……てめーは変わんねーな」
「あん?」
流川の小さな呟きについて聞く暇もなく、本人はドアを閉めてしまった。花道はまたムッとしながら、自分の部屋に戻った。空いてる部屋に入るだけであり、誰も恨むことはできないけれど、自分たちの部屋はどうして隣同士なのだろうと毒づきながら。初日のこんな様子から、周囲は多少心配していた。
けれど、実際に彼らが同じチームとなって試合をしたとき、誰もが思い出した。
「ケンカばかりなんだけど…コート内では息があってるというか…」
湘北高校での彼らのビデオを観たとき、かなり一緒に練習したのだろうと思えた。それは間違いだとかなり強く否定されたけれど。
「今でも変わらないな…桜木と流川」
そのコンビネーションは、実際には高校以来のはずだ。流川はアメリカで、花道は社会人チームで揉まれてきていた。けれど、花道はこれまで3年一緒にプレーしてきたチームメイトよりも、流川との方が呼吸が合うらしい。そして、花道は流川に負けまいといつも以上に張り切って練習していた。
良い効果が期待できるかも、とコーチは内心微笑んだ。
花道にとって意外だったのが、流川がチームメイトとコミュニケーションを取ることだった。てっきり、ワンマンのまま、必要以上に話さないのかと思っていたのに。
独身寮にも小さなミーティングルームがある。試合のビデオを観たり、リラックスアイテムがあるところだ。彼らは、そこに集まることがよくあった。
「流川…結局何年アメリカにいた?」
「…4年…半くらい?」
「それだけいたら、英語はペラペラか?」
「……たぶん」
高校のときの成績をバラしてしまいたい。花道はそんなことを思った。けれど、それだけ長い間向こうにいたのかと驚いた。
「金髪のおねーちゃんと付き合ったりしたか?」
「あ、俺それ知ってる! なんか雑誌の取材のときに一緒に写真に出てたよな?」
流川が黙ったまま天井を見上げていると、勝手に会話が進んだ。よりによってあんな写真を、と思う写真を、日本の雑誌社は使ったらしい。
詳しい説明をしたくなくて、流川は花道に話を振った。
「…桜木は…?」
「は? オレ?」
「あー、桜木はなー…」
また本人ではないところから返答がきた。
その先輩の解説は、あたりさわりないものだったが、花道には居心地悪いものだった。
「なんていうか…モテるのに…半年くらい?で終わっちゃうらしいんだよねぇ」
「…そ、その話は…」
「まあ…とっかえひっかえという感じでもないんだけど…」
「だいたい、なんでみんな同じ期間なんだ?」
全員が知っているのか、と流川には驚きだった。先輩たちの話題を自分から逸らせたかっただけだが、思わぬ情報が入ってきていた。
「あ…俺、ちょっとわかったかも…」
「な…何がだよ…」
「桜木、おめー、アレがデカすぎ?」
「それか…ヘタなんじゃねぇ?」
酔っているとはいえ、もの凄いことを言われたと花道はショックを受けた。
「な、何の話してるンだよ! そんなの関係ねーだろ!」
花道は、言われたことよりも、流川が目を見開いて自分を見ている方が気まずく感じた。昔の知り合いに、この手の話題を聞かれることがこんなに恥ずかしいと思わなかった。花道は、桜木軍団にも自分のことはあまり話さないのだ。
「も…もう、いーッス。オレ、お先ッス」
「おい待てよ、桜木ぃ」
休みの日の前はこんな状態なのだろうか。流川は軽く頭を下げながら、花道を追った。この場から逃げたかったのも本当だった。
なぜ男は集まるとこの話題になるのだろうか。
流川にも、そして花道にも、それは慣れないものだった。