「桜木?」
「…オレァ…もう寝た」
 奥のふとんからくぐもった声が聞こえた。開けっ放しの部屋に勝手に入り、流川は電気もつけずに歩いた。部屋の構造は同じなのだ。
「…オレが…話、振ったから…」
 少し悪いかなと思ったから、謝りに来たのだ。そのことだけでも、流川がどれだけ変わったか、そのときの花道は気が付かなかった。
「や…なんつーか……いつものコトだからよ…」
「…じゃーホントなんだ」
 笑うでもなく、ため息つくでもなく、流川の声は落ち着いていた。だから、花道はふとんから顔だけ出して、流川を見た。
「…ルカワ…念のため…いや、答えるんじゃねぇぞ…でも一応聞いといてやる…オメー、ヤッたこと…ある?」
 まさか、花道とこんな話題に触れて、こんなことを聞かれるとは。流川の驚いた顔を、花道は勝手に解釈した。
「あ、いやいーんだ。アタリマエなんだよな、きっと」
 花道が枕に顔を埋めるのを、流川は言葉もなく見ていた。
「オメーよ…キンチョウしねぇ?」
「…何が…」
「…オンナの人とスルとき…」
 流川は一呼吸置いてから、言葉を選んだ。選ぼうとしたつもりだった。
「オレは…オンナに対して緊張したことはない」
 結局はストレートな表現だったが、流川の言葉と花道の受け取り方は少し食い違いがあった。けれど、それを素直に説明できるほど、流川は花道に対して負けん気がありすぎた。
 それから何分か経っても、花道は黙ったままだった。そして、流川は浮かんだ疑問をつい口に出してしまった。
「…オメー…もしかして、ドーテイ?」
「ギャーッ! てめー、どんな顔してそんな単語使ってんだ! バカ野郎!」
 勢い良くふとんから飛び出して言うことだろうか、と流川は少し身を引いた。
「…オンナってのは…手早いのもイヤ、手出さなすぎてもイヤ……らしいぞ。てめーはどっちだ」
「や、やめなさい、ルカワ! その顔でそんな話!」
「…オレは健康な男だ」
「いやしかし!」
「……それとも、本当にヘタなのか、どあほう」
 流川の問いがわかっていてはぐらかしているのか、花道はしばらく叫び続けた。
 自分たちは、先輩たちほどではなくても、確かに酔っている。素面では、こんな会話はできなかっただろう。
 叫び終わったとき、花道は俯いた。目と目を合わせて話せることではない。けれど、あの流川相手に語ってよいことなのだろうか。これまで誰にも打ち明けたことはないのに。
「桜木…オレは相談とかムリだけど、口は堅いぞ」
 流川は、花道の口から聞きたかった。聞き出したからといってどうするわけでもないけれど。
「ルカワ…オレァ…てめーのことが大嫌いだった。今でもスキってわけじゃねぇが…参考までに聞いてやる…」
 それからまたしばらく間があった。そんなにも、話しにくいのだろうか。
「ルカワ」
「…何だ」
「キンチョウでタたないって…あり?」
「……はっ?」
「やっぱりおかしいのか、オレ!」
「いや……ちょっと待て…桜木…」
 会話が元々弾む自分たちではないので、うまく進めることができなかった。そもそも、こんなにも長い時間、というのも初めてだった。
「要するに…シッパイしたってことか?」
「…シッパイ?」
「あーいや…その…イザってときに…タたなかったってこと?」
 花道がまた項垂れた。
 想像するに、彼女が変わるたびに、同じことを繰り返したということなのだろうか。
「…なんで半年?」
「……それくらいで「ススム」のが一般的なんだろ?」
 問いに問いで返されて、流川は天井を見上げた。
 相手としたいと思い、相手もそう思ったら、ではないのだろうか。
「…桜木…お前…もしかして、インポ?」
「ち、チガウぞ! もうルカワ、その顔でそんな単語ヤメロ!」

 

 

2008.1.1 キリコ
  
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