「なあ……ハジメテのときって、どんな感じ?」
 花道が、まるで寝物語のように流川に問いかけた。
 あの夜以来、流川は花道の部屋で過ごすことが多くなった。お互いに、誰にも言えないヒミツを抱えたせいだろうか。花道は、誰にも話したことのない話題を流川に打ち明けてしまったので、この手のことはこの男と話すしかないのだ。そして、確かに流川は口が堅いらしいから。
「…ハジメテ? てめーは本番以外まで…」
 流川の問いは、花道の手のひらに遮られてしまった。
 今更恥ずかしがらなくても、と思うのに、花道はやはりオブラートに包まれた言葉がいいらしい。
「なんつーか……経験談はいっぱい聞くじゃねぇか…」
「…じゃあ…オレに聞かなくても…」
「いや……オメーはどんなだったンかなーと思って」
 そう自分で口にしてみて、やっと再確認できた。この目の前でくつろぐ男は、経験者なのだ。誰か、女性を、抱いたことがあるのだろう。噂の金髪のお姉さんかもしれない。モテるから、1人や2人ではないのかもしれない。
「てめー…どんな顔して…」
「……オレは顔だけで生きてンじゃねぇ、どあほう」
 花道が何を考えているのか、流川にはわかる気がした。自分の過去について、勝手に想像しているのだろう。流川はまだ、花道に真実を話すつもりはなかった。

「てめー、フェラチオは?」
 枕に半分顔を埋めながら、流川は呑気な声で聞いてくる。また花道は、頬を赤らめた。
「ま、まったくオメーって…こんなヤツだったンか…」
「…どんなイメージなんだ…」
「いやー……バスケ一色? オンナと付き合うとか、想像できなかったなぁ…まあそれは今でもだけどよ」
 花道は少し遠い目をしながら、枕に肘をついた。高校時代を思い出しているのだろうと、流川にもわかる。
「……で?」
「………どーしても言わせてーのか…」
 花道は、今でも赤くしている髪をガシガシと掻きむしった。
「…アレ……は、なんとなくイヤで…」
「………なんで?」
「……なんとなく…」
 流川は花道の横顔をじっと見ながら、花道の言葉を呑み込んだ。
 もしかしたら、花道は本当に誰にも触れられていないのかもしれない。
 そんな考えが浮かんで、流川は決意した。
「桜木」
「……あんだ?」
 流川は素早くふとんに潜り込み、うつ伏せの花道をひっくり返した。光の届かない暗い中でも、目指すところははっきりとわかる。力無く横たわる花道の分身を、流川は勢い良く口に含んだ。
「ゲッ」
 ふとんの向こうから、ちっとも色気のない声が聞こえた。けれど、口腔内の存在はあっという間に力を擡げてくる。そのことにホッとした。
「る…ルカワ…や、ヤメロ! ナンてこと…」
 ふとんの上から頭を叩く花道を、流川は全く取り合わなかった。
 これが花道の初めてのフェラチオならば、思いっきり気持ち良くしてやろうと思う。そう考えた自分を、客観的に観察していた。
「や…ヤメ…ルカワ!」
 ほどなく、花道は流川の口に放った。最初から離すつもりはなかったが、予想以上の感覚に、流川は青くなった。
「お、おい…ルカワ…その、どこやった? おら…ティッシュ…」
 最初に自分がティッシュと言ったからか、花道はあれ以来必ずそれを差し出すようになった。そして、今も流川の口元に自分の手を添えた。
「こ…このバカ! ムリしやがって…」
 花道の声は戸惑っていた。流川は涙目になった自分を見られたくなくて、しばらく俯いていた。
「……ヨカッタ?」
 小さな問いかけに、花道はビックリした。なぜそんなことをしたのかとか、つらいのではないかとか、もっと他に話すことがあるのではないだろうか。
 けれど、花道は素直に感想を述べた。
「よ…ヨカッタ…です」
 

 

2008.1.2 キリコ
  
SDトップ  NEXT