テレパシー
花道が退院してからも、流川と一緒のビデオ勉強は続いた。流川が入院中に持ってきたビデオは結局後回しになっていて、それを家で見るからと話すと、流川も来るという。部活のない日曜日、朝コートで練習して、昼間はビデオを観て、夕方は走り込む。ただし、なぜだかわかならいけれど、隔週だった。
「テメーはいつもノートに何書いてやがる」
ノートを取ってることは知っているが、流川は中身を見たことはない。入院前はそんな勉強の仕方はしていなかったと思うのだ。
「天才のノートは、秘密でいっぱいだ。情報をリークするわけにはいかん!」
わざとらしくノートを背中に隠す。特別見たいわけでも、花道の情報が欲しいわけでもなかった。
ただ、こんなに真剣にバスケットに取り組む姿を、少し認め始めていた。「レベルがチガウなぁ」
流川の持っているNBAのビデオは、高校生の試合とは段違いだった。どちらのチームもハイレベルのため、目が離せなかった。
「テメーはどのポジション見てる」
流川にそう問われて、花道は自分が漠然と全員を観察していたことに気付いた。もちろんそれも勉強だが、まずは自分のポジションからがいい、と言われた気がした。
「オレって今センターだろ?」
「赤木先輩がいないからな」
「ゴリがいたら……パワー?」
流川は黙ったままだったが、同意された気がした。
全く仲良しではないし、部活中は以前のように喧嘩する中なのに、流川はわざわざ花道宅にやってくる。なぜ花道の面倒を見ているのだろうか。不思議だったけれど、一人でするより効率が良いことに花道は気付いていた。
自分はセンターとパワーフォワードの動きをまずは収得しよう。花道はビデオを繰り返し見て、自分が動く姿を想像した。次の練習のときに実践できるように。花道は部活に復活しても、体が元に戻っていないことに気が付いた。ある意味元に戻っているけれど、それはバスケットを始める前、ということだ。あんなにドリブルの練習もしていたのに、感覚が戻るのに時間がかかってしまった。流川が毎日ボールに触れようとするわけが、ようやくわかった。
たとえ動かない体でも、こうやってバスケ部に戻ってこられたことが、花道には何よりも嬉しいことだった。流川との差はまた開いてしまったのだろうなと思うけれど、焦ってはならないと思う。焦っても、脳内イメージ通りにいかない自分に腹が立つだけなのだ。NBA選手のようになるには、どうしたらいいのだろうか。
「テメー……目標高すぎ」
流川が鼻で嗤う。聞いたことを後悔した。
「けど目標高いのはいいんじゃねぇ。実際追いつくかは別として」
「……テメーはNBAに入れるくらいか?」
流川が少し目を見開いたので、おかしな質問だったかもしれないと花道は思った。
「……冗談じゃねー……まだまだ…」
そう言いながら、悔しそうな顔をする。流川の表情も思っていたよりもはっきりわかる。わかるようになった、ということなのだろうか。
この流川でさえ「まだまだ」というNBAに自分が近づきさえすれば、自分は流川を追い越せるかもしれない。花道は、やはり自分の目標はNBA選手だ、と決めた。それでも、花道は自分でも気付かないうちに、ずっと流川をお手本としていた。
練習試合の後から、夜寝る前にノートの写真を見ることが習慣になっていた。
その笑顔を見ると、不思議な気持ちになる。
「…笑わねーなー」
最近ずっと一緒にいるけれど、いろんな表情がわかるけれど、笑顔に近いものさえ見ない。自分といて楽しくないのだろうか。そうかもしれない。嫌々来ているようでもないけれど。
「ま……試合に勝ったときだけか」
そう考えると、流川の笑顔がとても貴重なものに思えてきた。流川は無駄なことが嫌いだった。自分の24時間のほとんどをバスケットに使いたい、と思っている。
じゃあ自分は何をしているのだろう、と自分を振り返る。
二週間に一度とはいえ、流川は花道と一緒にいる。コートで1on1をして、その振り返りをしたり、ビデオを観て勉強する。ランニングに出ると、花道は付いてくる。ずっと一人でしていたことだった。
「なんであんなどあほうに…」
自分でもよくわからない。相手のレベルが違いすぎるのだから、合わせてやることもない。自分は指導者でもない。まして、天敵なのだから。
それでも。
流川には少し後悔していることがあった。
山王戦で、花道の怪我に気付いていて、そして自分は出ることを促してしまった、と思うのだ。
花道が出たがっていた、ということもある。花道の次々飛び出す良いプレーを期待したのか、いや見ていたかったのだろうか。なんだスゲー奴じゃんと思いたかったのだろうか。
実は単に勝ちたかったから。
ではないかと流川は思う。そのために、怪我人を引っ張り出した。そのせいで、花道は何ヶ月もリハビリすることになり、バスケットから離されてしまった。自分は全日本に選ばれて合宿にいったり、花道がいない部活も毎日やっていた。いつも通りだった。
自分はとてつもなくひどいことをした気がした。
もちろん、選手自身がそんな責任を負う必要はなく、すべては監督の判断、と安西なら言うだろう。それでも、流川はやっぱり悔やむ気持ちを止められなかった。