テレパシー
年の瀬も押し迫った頃、湘北バスケ部の最後の練習の日だった。
午後からの部活を終え、流川と花道はそれぞれが自主練習していた。
今日が終わったら、部活もない冬休みになる。外のコートに出るだろうか、ビデオはまた観るだろうか、と花道は考えていた。黙々と練習する流川を見ながら、花道は全然違うことを考え始めた。
モップを取りに倉庫に行った流川を追いかけて、花道は両手を広げた。
花道の殺気を感じて流川はすぐに身構えた。けれど、いつもの喧嘩と違う動きに、流川の構えは空振った。
「コチョコチョコチョコチョ!」
花道は大声を出しながら、流川の両脇をくすぐった。
突然のことで、流川は逃げることもできず、体育マットに倒れ込んでしまった。
くすぐられると、流川は身を捩る。けれど、笑ったかどうかさえわからなかった。何しろ、顔を俯けて体を丸めてしまったから。
「な…なにしやがる!テメー!」
それでも声はいつもより高い。動揺しているのが薄暗い中でもわかった。
流川は思いっきり暴れて、花道はのし掛かるように押さえ込んだ。両腕をあちこち滑らせて、何とか笑わせようとする。
「笑顔が見たいなぁ」
そんな気持ちから思いついたのが、くすぐり攻撃だった。
けれど、おかしがってはいるようだが、顔は隠されて見えない。これは続けても無駄だな、と思った瞬間、流川の体が突然跳ねた。
「ン!」
なんだその声は、と驚くような、鼻から抜ける声だった。
流川は自分の両腕で自分の体を巻くようにしている。その間を縫って、花道はまた手を伸ばした。
Tシャツの上からでもわかる乳首に気が付いて、花道はもう一度そこに触れた。
流川の体が震え、押さえ込んだ腰が動く。
「うわっ」
花道はすぐに離れようとした。触れてはいけないものに触れてしまった気がした。
それなのに、指は吸い付いて離れない。自分の意志と関係ないように動いている。
「ヤメロ」
という流川の声が弱々しく聞こえる。
花道はやっと手を止めて、体をずらした。
こんなことは、偶然の産物で、流川の体が反応したのも単なる反射なのだ。花道はそう思いながらも、流川から目が離せず、手を引っ込めたことを後悔した。
流川はすでに離れている花道の体をグイと押し、さっと立ち上がった。花道は殴られるのを覚悟したけれど、、流川はそれよりも立ち去りたいと思っていた。見られたくなかったから。
けれど、座っていた花道は、立っている流川の股間に目がいってしまっていた。隠そうとする気持ちもわかるし、自分でもたぶんそうするだろう。それなのに、流川の勃起という事実に興奮してしまっていた。
歩き出していた流川を今度は背後から捕まえる。自分はいったい何をしているのだろうか。
流川を四つん這いにさせ、覆い被さるように背中にのし掛かる。また流川は暴れたけれど、花道の手が流川の下半身を撫で回したとき動きを止めた。
力強くはなかった。その手は服の上からゆっくり撫でただけだった。けれど、流川はその手の動きをじっと見ていて、興奮している自分を嫌悪した。弱いところをキュッと摘まれて、肩がビクリと跳ねた。しばらくそんな緩やかな動きをしていた花道が、突然モップを持って出ていった。
流川は殴りたいと思った。けれど今は羞恥心でいっぱいだった。別に勃起自体は珍しいことではない、けれど他人に見せるものではない。しかもあの花道に見られて、しかも触られても屹ったままというのが、流川は自分が許せなかった。
とりあえず、自分の体が落ち着くのを流川は待った。
そういえば、花道はこれまで何度も自分と喧嘩してきたが、こういう急所攻撃をしたことはなかった。喧嘩のマナーを心得ている、というのは変だが、相手を倒そうとしている喧嘩ではなかったということだろう。
けれど、今日は急所、というよりは局所だろうか。なぜあんなことをしたのだろうか。
花道の指が通った腋や胸、下半身を思い出し、またゾクリと興奮し始めた自分を戒めた。
今のは単なる事故だ。忘れればいい。今度花道を殴ればいいのだ。ただそれだけのことだ。
流川はじっと目を閉じて自分にそう言い聞かせた。
モップをかける花道を横目に、流川は水飲み場で顔を洗った。殴ろうと思うけれど、それよりも今は顔も合わせずに帰ってしまおう。
結局部室で出くわしたけれど、二人とも無言だった。流川は文句も言えなかった。
先に部室を出た花道に、流川はホッとした。もう一度襲われたらどうしようと思ったのだ。そう考えたとき、また流川の体は反応し始めた。
「チガウチガウ」
自分の体が思い通りにならない。これは早く家に帰って、花道の動きを思い出さないような状態で抜くしかない、と自分で思う。流川は深呼吸しながら、部室を出た。自転車置き場は薄暗かったけれど、黒い学ランの巨体を見逃すはずはなかった。
流川は、自分がこんなに驚くことがあるのか、と思うくらい、ビックリして立ち止まった。
動揺していることに気付かれたくなくて、ゆっくりと自転車に向かう。こんな時間に残っているのは、自分のだけだ。花道はその横に立っている。明らかに自分を待っていたのだとわかる。流川は精一杯気付かない振りをした。
近づくと、花道はゆっくりと左手を差し出した。また何かされるかと身構えたが、それ以上は動かなかった。手のひらを上に向けて、何かを渡せということなのだろうと思う。流川は無視するつもりだった。
それなのに、なぜまた立ち止まってしまったのだろう。
その手のひらを見ていると、先ほどの動きを思い出してしまう。ブンと音がしそうなほど首を振って、忘れようとした。
花道がなぜ待っていたか、自分と何をしようとしているのか、なぜだかすぐにわかったのだ。
流川はゴクリと唾を飲み込んだ。
1分後、流川は自転車のカギを花道に手渡した。