テレパシー
年末年始の間、それぞれがコートやランニングに出ていたが、顔を合わすことはなかった。花道はいつもの日曜日と同じような行動をしたが、流川がいなかったので避けられているのかと心配した。けれど、1月3日の朝、海岸でランニングするところを見かけ、それに気付いた流川も立ち止まった。
あの夜以来、やっと向かいあった。何と話しかけたら良いのか、こんなにも気まずいと感じるのは、どちらも初めてのことだった。
先に口を開いたのは、流川の方だった。
「テメー……最近サボってんな」
眩しそうに眉を寄せながら、ストレッチを始めた。
花道は話しかけられたことにホッとしたけれど、質問には憮然とした。
「ぜ…全然サボってねーよ。オメーの方だろうが」
言い返されて、流川は睨み返す。
「オレはいつもやってる」
「オレもやってたっつーの!」
くだらない言い合いが出来たことで、お互いがなんとなく日常を取り戻した気がした。
あれは1回だけの気まぐれ、で終了させるつもりだった。
「ルカワ、今日は新しいビデオ持ってきたか?」
隣で走りながら、流川はムッとする。
「…なんでオレが…」
そう言いながらも、流川はランニングの後ビデオを取りに戻るつもりだった。
今日はコートに人がいっぱいで、夕方から雨の予報だった。
「テメーはもう一人でビデオ観られるだろ」
流川の言葉に花道は複雑な顔をした。
それは、自分一人で観て学ぶ技術がついたと喜んで良いのだろうか、それとももう二度と花道の家に来ないということなのか。そして、あれはやはり流川の指導だったのか。
「…ま、まあな。オレは、天才だからな」
「…誰がだ」
流川が鼻で嗤う。こんなやりとりは、何回目だろうか。
ランニングを終えてストレッチをする。帰ろうとした流川が少しだけ振り返った。
「……後でな」
流川の言葉に、花道は自分が笑顔になるのがわかった。二人で同じ部屋にいても、先日のような空気は一切流れなかった。
じっと画面を見て、バスケットの話ばかりだった。花道はまたノートにたくさんメモをした。
雨が降る前に帰る、と流川が立ち上がっても、まだ外は明るかった。
一人残った部屋で、花道は自分がドッと疲れたことに気が付いた。
「なんで今頃アセが…」
こんなに緊張する相手だっただろうか。そう感じてしまう相手になったということか。
先日の夜は、花道には忘れられないことだった。初めて感じた気持ちよさを何度も思い出してしまう。肩を掴まれた指の強さを意識すると、流川の指を目で追ってしまっていた。あの指が自分にしがみついたのだ。
「ぎゃああああ」
と花道は一人叫んだ。
今日は何もなくて良かった、と思うのに、もう一度したいという気持ちも浮かんでくる。
いつも通りの自分になれないはずだ、と自分で呆れた。冬休みの部活が始まると、また毎日長い時間顔を合わせるようになった。
選抜のくやしさをバネに、と花道は意気込んでいた。
冬休み前に、三井が引退の挨拶をしていた。わかってはいたけれど、一人いないだけで突然寂しくなった。赤木や木暮の引退を、花道はそれほどそばで見ていたなかったから、これが初めて身近に感じたことだった。
「ミッチー引退したんだなぁ」
花道の独り言に、流川はまたため息をついた。
その日は土曜日だった。
居残り練習をしていた流川があがる頃、花道はまだ続けていた。モップは花道に任せようと歩き始めたとき、ふと先日のくすぐりを思い出し、思わず両腕を体に巻き付けた。せっかく忘れていたのに思い出してしまった。
流川はブンブンと頭を思いっきり振って、水飲み場へ向かった。外はとても寒く、汗をかいた肌が一瞬で冷える。冷え切る前に、急いで部室へ向かった。
汗を拭いて着替えているとき、花道が戻ってきた。ずいぶん早くて、ちゃんと掃除したのだろうかと怪しんだ。けれど、なぜかもう話すことが出来なかった。
以前のように、花道が先に部室を出た。いったいどういう着替えなのだろうと流川は思う。それでも一人になってホッとした。肩に力が入っていたことに、そのとき気が付いた。
ゆっくりと荷物を持って、鍵を閉める。いつもより時間をかけて、自転車置き場に向かった。
なぜか、花道がいる気がしたのだ。
自転車置き場が目に入り、前と変わらない巨体に気が付いて流川は立ち止まった。花道がゆっくりと左手を差し出した。
流川はその場でゴクリと唾を飲み込んだ。