テレパシー
県大会で勝ち続けると、チーム内は当然盛り上がった。もう弱小チームとは呼ばせないと皆が笑い、昨年のようにインターハイ出場を目指してチーム一丸となっていた。
そんな中、流川について噂が出回った。
「アメリカ行くって…」
誰が言い始めたのかわからなかった。けれど、流川本人が言いふらすはずはなく、バスケ部ではなく同じクラスから漏れ聞こえたのだろうか。そして、その話もあり得ない話ではなかったから、誰もが噂に惑わされていた。
少し遅れて花道の耳にも入った。
「アメリカ?」
「…桜木君…何か聞いてる?」
晴子の問いただすかのような目線に、花道はただ首を振るばかりだった。
そういえば、以前試合中にそんなことを話していた。あれは沢北への対抗心からだったろう。けれど、今のこの噂は、これからの現実の話なのだろうか。
「お…オレは…聞いてないッス」
自分でそう言いながら、自分が少なからずショックを受けていることに気が付いた。
あれほどそばにいたのに、自分は本当に何も聞いていない。この噂は本当のものなのだろうか。
騒然としたバスケ部をまとめたのは、現キャプテンの宮城と彩子だった。
「アイツがアメリカ行くなんて、別に不思議じゃねぇだろ」
宮城の言葉に一瞬ざわつきが広まった。
「けど、今日明日行くわけじゃねぇだろうし、本人が言うまで騒ぐなよ」
「そーよ!今はインターハイ出場に全力向けるときだからね!」
「…アヤちゃん…それ、オレのセリフ…」
変わらない会話を聞いて、部活内も少し和む。誰もが動揺していたのだ。それくらい、湘北バスケ部にとって流川楓の存在は大きすぎた。
当の流川は、噂自体を知らないのか、全くいつも通りだった。久しぶりに試合のなかった日曜日、流川は花道の部屋にいた。午前中コートに出ていて、暑い午後はこれまでの試合の再検討をしていた。
集中してビデオを観ていたとき、電話が鳴った。二人ともが肩が飛び上がるほど驚いた。
「は、はい桜木…」
いつかの夜を思い出すような、花道の変わらない受け答えに、流川は心臓がドキドキする。今日はそんな日ではない。明るい中で自分達はそんな雰囲気にはならないはずだったのに。突然思い出してしまった。
「あ…ハルコさん?!」
花道の大きな声に、流川は驚いてその顔を見た。花道もチラッと流川に目線を送る。なぜだかわからないけれど、流川は自分が場違いなのではないかという気になり、そう感じた自分に苛ついた。やはり以前想像していたことは事実だったのか。
「つきあってンの…」
休みの日に電話する程の仲だったのだろうか。
流川が睨むような目を花道の横顔に送っている間、花道は電話の前で縮こまっていた。
「あ、ハイ…なるほど…変更になりました…ですね…」
おかしな日本語だと流川は嗤った。どんな年齢であっても男の前では常にタメ口なのに。
「へ……ルカワですか?」
驚いた表情の花道がこちらを向いて、流川もたぶん同じような顔になった。
なぜ自分の名前が出てくるのだろう。
「あんなキツネに連絡なんてイラナイですよ。え……あ、ハイそうですね…」
大きな声を出したり、また小さくなったり、花道の態度が見ていておかしかった。
「あの、後でコートで会うと思うんで伝えときましょうか…」
もしかしてこれは連絡の電話、のみなのだろうか。聞いていても甘い雰囲気はなかった。
「ハイ…では…」
花道が電話を置く音に、流川は思わず時計を見た。ほんの数分の電話だった。
黙ったままの流川に、花道は勝手に話し始めた。
「明日の集合時間が変わったって連絡だよ」
「……なんでオレ?」
「オメーにも電話したけど留守だったって言ってた」
「…もうオレ今聞いた」
花道がキッと睨んできた。
「は、ハルコさんはオメーに電話したいんだよきっと! だから、初めて聞いたフリしろよ!」
そう言いながら、ビデオを再生する。流川はまだ話についていけなくて、画面を見ることができなかった。
自分に電話したい、ということは、晴子はまだ自分に気持ちがあるということなのだろうか。それに気付いていても、流川にはどうしようもなかったし、晴子も部活では公平なマネージャーだった。相変わらず花道と仲が良いので、そちらに気が向いたと想像した。ずいぶん前だが、二人で朝早くにコートで練習していたではないか。
「…つきあう…ってどんなだ…」
流川の呟きに、花道は大きく目を見開いた。この男からそんな単語が出てくるとは、思いも寄らなかったから。
「…はい?!」
花道の驚きの声に、流川もハッとする。自分でもおかしなことを聞いたと気が付いた。
「なんでもねー」
「そ……そう…?」
二人ともがテレビ画面を見ていないけれど、ビデオだけはそのまま進んでいた。
少し俯いたまま、なんでもないと言った流川が続けた。
「つきあったら…電話すンの」
「へっ?」
不思議な会話だと思ったけれど、花道も止めなかった。
「あの、電話…もするのかな…一緒に登下校とかデートとか…手、繋いだり…とか?」
「…そうなのか?」
「し、知らねーけど……そんな感じじゃねぇ?」
「…わかんねー」
花道は一度ゴクリと唾を飲み込んだ。
「お、オメーは…つきあったこと、ある?」
その質問に流川が顔を上げて、花道はなぜか慌ててしまった。じっと目を見つめてきて、それから考えるポーズを取った。花道はいろいろ並べたはずなのに、「わからない」という。とうことは、まだ想像の域を出ていないということなのだろうか。流川は自分への質問ではなく、花道のつきあいについて考えていた。
「……さぁ?」
違うことを考えていた流川の気の抜けるような返事に、花道は負けじと続けた。
「た、たくさん告白されてるだろ? その中の誰かと…とか…」
今度は反対側に首を傾けて、本当に考えているのか、はぐらかしているのか、花道にはわからなかった。
「テメーの言うのがそうなら……ない…かな…」
「…おお」
「デートって何だ? 手、繋いだこともないし、一緒に帰るとか…暗いから送ってけってのはあったかな」
ずいぶんと素直な返事に、花道は頬が緩んだ。最後のは単に頼まれたからだろう。面倒そうに送っていく流川が想像できた。
意外な話題になったけれど、花道は流川について一つ知った。
「ホントにバスケバカだな、オメー」
「…テメーこそ、知らねークセに」
花道がケケケっと笑うと、流川に肩を殴られた。