テレパシー
県大会で勝ち続けたけれど、そこには大きな壁が立ち塞がり、ついにうち破ることができなかった。この夏、湘北バスケ部はインターハイに出場することができなくなってしまった。
どんよりと暗い空気の中、流川の噂が真実だとわかり、より一層雰囲気は悪くなった。
夏休みの合宿やインターハイ、その期間までは日本にいる予定だった。
「じゃ…いつ…行くの?」
部員全員の問いかけに、流川ははっきりと答えなかった。
「8月中には…」
「アメリカの…どこ?」
流川は何度聞かれても答えなかった。少し離れたところで見ていた安西も何も言わなかった。そういう暗黙の了解だったのだろう。
けれど、チームメイト全員や見学に来ていた誰もが納得できるものではなかった。
「せ、せめて…みんなで見送りとか…」
いろいろな人からの言葉を、流川は丁寧に辞退した。旅立つ日は、本当に誰も知らないままだった。
部活前に流川がアメリカ行きを報告したあと、花道はその日の部活記憶があまりなかった。表面上、「せいせいする」と笑っていた気がする。けれど、頭の中は真っ白だった。
「ルカワがいなくなる」
それがどうしても想像できない。それなのに、胃が冷えていくような感覚はなぜだろう。
壮行会も固辞した流川に、誰も何も聞けなくなってしまっていた。夏休みの練習に、流川は参加していた。
「去年はインターハイだったなぁ」
花道はつい口にしてしまう。今頃は多くの強豪達が全力で戦っている頃だった。
二人での自主練は今や当たり前なのに、これが出来なくなるというのだろうか。
「桜木」
珍しく流川に話しかけられて、花道は慌てて振り返った。
「テメーには冬がある。来年の夏もな」
流川のエールのような言葉に、花道はグッと胸が熱くなった。けれど、同時にまた吹雪が届いたかのように冷え込んでしまう。自分はまだ来年もここにいるけれど、そこに流川はいないのだ。
花道は一度俯いて目を閉じた。流川のいない湘北バスケ部を想像してみる。やっぱりどうしても、うまくいかなかった。
「…もうすぐわかる」
タイミング良く流川が言う。自分の考えが見えたのだろうか。
「そ、そーだな…オメーなんかいなくたって…オレが…オレ…が…」
いつものように威勢の良いことを言おうと思う。なぜ尻すぼみになってしまうのだろうか。
「3年生が引退した。キャプテンだろ…桜木」
顔を上げて流川の目をじっと見た。今日はずいぶんと自分に話しかけてくると不思議に思う。そしてその内容は、やはり励まされている気がするのだ。
「キャプテン…」
小さな声に、流川は唇の端だけで笑った。
「入学したときから、時期キャプテンだーーとか、言ってたじゃねぇか」
流川は自分でも意外に思うほど、花道に話しかけ続けていた。まだ明日お別れというわけではないけれど、伝えられるタイミングというのは確かにあると思った。
これまで花道は、ずっと誰かを追い続けてきた。教わったり指導されたり、目標にしたり。キャプテンとなり、同級生でライバルだったらしい自分がいなくなることの意味が、花道にわかっているだろうか。そんな心配までした自分に驚いていた。
「お、おう、そうなんだ。やっとオレ様の実力が認められて…」
話し始めは勢い良く、その後だんだん声の調子が落ちていく。
流川がアメリカ行きを伝えてから二週間経つが、花道はそれから自分を誘わない。そして、自分から行きたいとも言えない流川だった。