テレパシー
流川は、部活に出る最後の日、ということだけは伝えていた。挨拶はきちんとしたいし、ロッカーの片づけなどもある。教室はすでに終わっていた。
いつも通りの練習の後、流川が挨拶したいと言うと、すぐにお別れ会のムードになった。
すぐにどこかへ走っていった晴子が戻ってきたとき、その手には花束があった。
「これまでありがとうございました。アメリカ行っても頑張ってください」
何度も練習した言葉を、晴子は笑顔で伝えることができた。その目が真っ赤なことを、部員全員が気付いていた。
流川は特別花に興味があったわけではないが、お別れ会には花束は付き物だ。晴子から受け取り、なんとなく習慣で手を差し出した。驚いた晴子がオズオズと手を伸ばし、自分の手をギュッと握る。その小ささや握る力の弱さに流川は慌てて自分の手をゆるめる。なるほど、これが女の子なのか、とおかしな時に実感した。
「あの、写真撮ってもいいですか?」
晴子が事前に部費でフィルムを買っていた。
全員で撮影するのも時間がかかったけれど、その後一人ずつ写りたいとなり、流川は花束を持って立ったまま、次々撮影された。途中から後輩が「流川先輩と肩を組みたい」と言い出し、その後は全員がそうした。流川は無表情のまま、あと何人かなと考えていた。見学者までやってきたら大変だけど、一緒に戦ってきた部員たちなら、想定の範囲だった。
「あの、マネージャーさんは…」
ずっと撮影していた晴子が声をかけられ、流川の顔を見た後大きく手を振った。
「だ、ダメ…大丈夫、うん、その…」
だんだん顔が赤くなっていって、本当に嫌がっているのかわからなくなる。結局押し出される形で、晴子は流川の隣に立った。
これまで横に立った部員たちも、みんな自分より小さかった。けれど、この晴子の小柄さに改めて驚いた。いつもは少し離れて声をかけられていたので、気付かなかった。果たして相手が女の子の場合でも同じように肩を組んで良いものか、一瞬考える。けれど手を出さないと意識ししすぎている気がして、流川はこれまでと同じようにその肩に手を置いた。
晴子の体がビクッと跳ねる。早く撮って、という小さな声が震えていた。
ありがとう、と言いながらまた撮影者に戻った晴子に、ほんの少し胸が暖まる気がした。晴子に惚れた、ということではない。好きな人といるときの反応、ということに、自分は今初めて気が付いた気がするのだ。きっと後で泣くのかな、と想像する。けれど、やっぱり自分にはどうすることもできなかったから、最後までマネージャーに撤してくれた晴子に感謝した。
そして、最後まで逃げ回っていた花道は、大声を出しながらやっぱり走っていた。
「お、オレぁいらねーよ!」
花道らしい反応に、誰もが「まあいっか」と苦笑していたときだった。
これまでほとんど動かなかった流川が、花道を追いかけて、同じようにその肩を力強く引き寄せたのだ。
驚く周囲が固まって動けないときに、流川はピースをしてカメラの方を向いた。そんなしぐさをするとは思わず、誰もが唖然としてしまった。
「…撮れた?」
「ハナセ!キツネ!」
「あ、はい…今…」
冷静を取り戻した晴子が二人に近づく。暴れる花道を、流川は右手に力を込めることで押さえていた。
「あ、あの…じゃあ、現像したらみんなに配ります」
晴子は流川に向かって続けた。
「流川君のはご実家に送りますね」
「…よろしく」
晴子の気遣いがありがたいような痛々しいような気がした。
そして、先ほどの花道を追いかける自分を思い出して、自分はおかしくなったのかと一人笑った。