テレパシー 

   

 真っ暗い中での会話の後、さてどうやって服を着ようかと流川は考えた。自分たちの姿を客観的に考えると、おかしくて笑いそうになった。流川はTシャツで花道はランニングだが、それだけでずっと胡座をかいている。お互いの方を見ないで話していた。
 電気を付けるタイミングがわからないし、土曜の夜のように無言で帰ることもできなかった。
 ふと花道に目をやると、暗闇でもこちらを向いていることがなぜだかわかった。
 ああ、また空気が変わった。流川にそれは伝わった。
 さてこの場合、改めて立ち上がるのだろうか。流川は一瞬考える。けれど、それよりも早く、花道が流川の方にずいっと近づいた。
 ゆっくりと押し倒されて、一度しかしていないこの体勢でするのか、と逡巡する。これはまずい、と思っていたのに。まあいっか、とすぐに諦める自分がいる。今日はストーブはない。暗闇なら、とため息をついて、流川は大人しくざぶとんを枕にした。
 ストーブの夜は、自分は最初寝ていた。だからスタートがよくわからなかった。
 花道は最初から流川の肩に腕を回し、右手だけで刺激し始めた。これはもう愛撫というやつだ、と花道は思う。実際、頬でも顎でも乳首もおへそも、唇で触れることに躊躇いはない。ただ流川自身にだけはまだしてはいけない、と自分にブレーキをかけていた。
 Tシャツの上から指で乳首を摘むと、肩を掴んでいた流川の指に力が入る。さっき初めて背中に腕を回された。それなのになぜまた肩なのだろう。花道は流川の左手を自分の肩胛骨あたりに導いた。そのまま刺激に戻っても、流川の腕は動かなかった。ときどき首筋まで指が動いてきて、くすぐったく感じた。
 これまでのカッターシャツと違い、胸を出すことが難しく感じた。裾からゆっくり手を入れて乳首に触れたあと、シャツを捲ろうとする。自然と流川が背中を浮かせて、協力してくれる。いつも一方的にしていた行為だったけれど、今日は少し違う気がした。
 さっきまで反応しなかった自分が、今は強く屹立している。こんなにも感情に左右されるものだと、改めて実感した。以前のように、自分だけ先にイッて、少し冷静になろうとした。
 自分の精液つきの手のひらで流川を握ると、顎が仰け反った。声にならないため息に、花道はうっとりする。もう少し声を出してくれてもいいのに、と思った。
 その夜、花道は自分でも思いも寄らなかったことをした。
 流川にのし掛かる自分の姿はとてもいいと思う。けれど、逆にしてみたら、流川はどうするだろうか。
 花道は流川を掴んだまま、体の上下を入れ替えた。突然天地が変わり、流川は慌ててバランスを取った。
「あれ…」
 口の中で呟いて、流川は状況を確認した。
 花道の体の両側に手を置いて体を支える。下半身だけは今でも密着していて、花道は自分のモノをしごき続けている。見えないけれど、花道はドンと寝転がったままだ。
 このままする、ということなのだろうか。
 なんとなく、花道がニヤニヤしている気がして、流川はムッとする。
 これまでは、花道がしたがったから、という形だった。これでは自ら望んですることになる、のではないだろうか。
 グルグル考えると、少しずつ力を無くしていく。それが伝わって、花道の手のひらがこれまで以上に器用に動いていた。
 弱いところを責められると、自然と腰が揺れた。最初のときから、このヌルヌルが脅威だった。自分でするのとは全く違う快感をもたらすソレに、これまで引っ張られれていた。今はその手の中で自分自身が震えるほど悦んでいるのがわかる。唾が滲みでてきて、さっさと動いてしまいたい衝動に駆られた。
 結局、花道の上で腰を振り始めた。一度始めると、もう止まれない気がした。そんなときは因数分解を、と聞くが、そんな余裕はなかった。
 それでも一度動きを止めて、流川は花道の耳元に口を近づけた。声を押さえるためではなく、花道の耳に息を吹きかける。
「おおっ」
 いつもより高い声で、花道が肩を震わせる。なるほど、攻撃する側はこういう気持ちだったのか、と少し理解した。花道に覆い被さっていると、自分が花道を抱いているかのような、錯覚を起こした。
 流川が射精するとき、花道は自分の手のひらに力を込めた。自分の上から聞こえる声に、確かに不思議な気持ちになった。流川が感じたように、花道も抱かれた気になっていた。
 一回ずつ射精することが多い。花道だけ2回のこともあったけれど。だから、これで終わりでいいかな、と花道が思った瞬間、先ほどのことをやり返された。
 流川の上にいることは、自分にとっては初めてではない。それでも、隣ではなく、流川の体の上に乗ったことはなかった。
 これは仕返しか、と花道は笑った。けれど、花道は自分が動かなければそれでいいと思っていた。何しろ、流川はこれまで受け身一辺倒だったから。
 その流川が、自分が放ったものを取り、花道自身に塗りつけた。流川が花道に手を出すのは、これが初めてだった。
「え、ええ…」
 驚いた声を出しても、流川は動きを止めなかった。
 初めて他人に触れられた。しかも、流川の手だ。
 急に元気になり始めた自分に、花道は戸惑った。
 先ほど自分が相手にしたことなのに、自分がすると案外困ることだと反省する。けれど、やっぱり相手を押し倒す自分に興奮してしまうのだ。
 流川の右手が躊躇いがちに動く。その手の中に挿入したかのように、花道は腰の動きを速めた。
 上体を倒して、流川の耳元に近づく。さっき自分がやられて、かなり参ったことだった。
「ルカワ…」
 初めて名前を呼ぶ気がした。こんなときに、声を発してはいけない暗黙のルールだった。
 返事はなかったけれど、手のひらに力を込められた。
 流川の肩に顔を埋めて、花道は射精した。誰かに射精させてもらったことに感動して、満足が少し長引いた。
 お互いの息がかかる距離だった。花道は少し顔を上げて、流川の真正面に向いた。見えないけれど、息がかかるから間違いない。もう一度名前を呼んでもいいだろうか。いやそれよりも、花道はこれまで触れたことのないところに、近づきたかった。
「ルカワ…」
 囁くような自分の声とともに、花道はゆっくりと右手を動かした。流川の唇の位置を確認したくて、顔を近づけながら、親指で唇をなぞろうとした。右手が流川の頬に先に触れて、ペットリとした音と感触に驚くと同時に、流川がハイスピードで花道の手を引きはがした。
「あ…」
 自分でもしまった、と思った。笑いたいけれど、体の下から怒りの空気が流れてきた。
「テメー……」
 ああ、怒ってる怒ってる。花道はそれでも吹き出しそうだった。
 自分の手が精液まみれだと、すっかり忘れていた。
「す、すまねぇ…」
 早口で謝って、大急ぎで洗面所に連れて行った。Tシャツを脱がし、お風呂場に押し込んだ。扉を閉めて電気をつければ、後はなんとでもするだろう。
「えと…タオルとTシャツ置いとくから…」
 そこまですぐに気が回ったことを、花道は自分で褒めた。
 すぐに水音が聞こえてきて、花道は自分の体を拭った。二人分のシャツは汚れていた。脱いでする、という発想はなかった。ザブザブと洗面所で洗い、これは畳も拭かねばと走り回る。最後に窓を開けて、窓際に座り込んだ。
 外からムッとするような熱い空気が流れてくる。空気の入れ換えと思ったけれど、かえってイラッとした。
 この暑い中、流川はやってきた。あのストーブの夜、外はとても寒かった。そんな時期でも、流川は誘えば必ず来た。終わって無言で帰るとき、どんな気持ちだったのだろう。流川の家はここからどれくらい時間がかかるのだろう。そんなことを初めて考えた。
 きっと、これで流川は帰るのだろう。さっきまでの孤独な気持ちが薄らいで、少し前向きになれた。さっきの怒った流川の表情を想像すると、プッと吹き出したくなる。
「あーあ…」
 声に出してため息をつく。結構いい別れができたではないか。
 花道は俯いて、鼻を一回すすった。
 流川がシャワーを出たら入れ替わればいい。そう決めて、花道は窓を閉めた。

2013.12.30 キリコ
  
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