テレパシー 後日談 

   

 流川がアメリカに行ってから最初の冬が来た頃、花道は主将としての自分について安西と話し合っていた。それまでにも安西は、何度も目標を見失ったかのような表情をする花道と、打ち合わせと称していろいろ聞いていた。もうすぐ選抜の時期を迎えるから、今回はチームについての話だった。
 確かに花道は、ときどきぼんやりしてしまうことがあった。流川のいないチームに慣れたはずなのに、ときどき流川の空いたままのロッカーを開けてしまう。たくさん練習して、驚くような技術を身につけていないと、嗤われてしまう。呆れられることは嫌だ、と花道は自分に言い聞かせる。それでも、次にいつ会えるか、本当に再会できる日が来るのか、不安になる。自分がアメリカに行くに値するのか、安西にはどうしても聞けないでいた。
 砂浜でデート、花道はそう感じたけれど、実際は会話もほとんどなかった、その日以来、花道は流川と文通していた。少し肩を落としながら帰宅して、部活までの時間ビデオを観ようと思った。けれど今ひとつ集中できずに1冊目のノートを開いて、一人大声を出した。
「なっ!写真……が…ない…」
 見開けばすぐに見えるはずの写真が1枚しかなかった。2枚目の、二人が寄り添う方が、ない。
 落ちたのだろうか、と一瞬考えたけれど、そこには代わりに置いていったらしいものが貼ってあった。
 ローマ字で「Kaede RUKAWA」に始まって、見慣れない英語の羅列だった。
「これ……住所か…?」
 この紙は、花道のノートではない。ということは、自宅からこの小さなメモを持ってきていたのか。
「な、なんだよ……口で言えっつーの」
 またじんわりと涙が滲んできて、慌てて首を振る。
 住所はともなく、なぜ写真を奪っていく必要があるのか。
 そして、流川はこのノートをどこまで見たのだろうか。そのことに、怒りよりも気恥ずかしさの方が勝り、頬が熱くなった。

 それでも、キスをする仲なのだから、別に見られてもいいか、と納得したりする。いや、でもプライバシーは大事だから、これは殴ってやろう、とも思う。
 自分たちの関係は、いったい何なのだろう。文通は、「付き合う」のカテゴリーに入るものだろうか。
 初めてエアメールというものを出すとき、花道は隣町の郵便局まで走った。なぜか恥ずかしくて、小さく丸くなって教わったのだ。
「写真返せ!」
 ただそれだけを書いた。あちらで見られて気まずい思いをしろ、と考えたけれど、日本語は誰も読めないかもしれないことに後で気が付いた。
 流川からの返事は、たぶん早かったと思う。
「焼きまわししろ、どあほう」
 ちゃんとネガまで見て奪っていったのかと思うと、やっぱり怒りよりも嬉しい気持ちだった。自分がこの写真を大事にしてきたように、流川も同じ気持ちだったのかと思えた。
 ハガキを送ると、短い文章が返ってくる。何週間もかけて、会話しているようで、花道は嬉しかった。
 秋が終わる頃には書く内容に困って、花道は自分の練習メニューや試合で気が付いたこと、練習試合のことなどを書くようになった。
「日曜日には朝からランニング、部活がなければコート行ってる。たまに知り合いに会って対戦する」
 このような内容で、流川からは相変わらず短いけれど、「強いヤツがいっぱいいる」と何回か書いてきていた。
「ルカワってこんな字なんだな…」
 花道は流川からのハガキを何度かじっと見つめた。
 思えば、自分は流川についてあまり知らない。家の場所もだが、家族構成もわからない。最近選抜出場の書類を書いていて、部員全員の名前や生年月日を書いたときに、流川の誕生日も知らなかったことに気が付いた。過去の書類を参考にして書いたので、そこでお正月生まれだと知った。
 まあ、バスケットの話ばかりしてきたのだ。まだお付き合いしているかどうかも定かではない。今度会えたときに聞こう。知っていても直接聞きたい。
「血液型は…なにかな…」
 花道は女の子との会話のために、血液型や星座など中学時代に勉強した。つい自分との相性などを考えてしまう。そんなことは一切関係なく、自分たちは近づいていたのに。
「遠距離って…ヤツかな…」
 そんな風に楽しめる時間もある。けれど、やはりバスケットをしている間は、物足りなさを感じて悔しく思った。


 一方、流川はアメリカに着くまでの間は、花道のことをいろいろ思い出していた。写真を持ってきたことや住所を置いてきたことに、花道はいつ気が付くのだろう。ずっと見なければ、なんとなく気まずい。やはり直接渡す方が良かったか。
 なぜそうしたのか、自分でもわからない。なぜキスしたのか。いつからそんな風に花道を見ていたのか、自分で自分が理解できなかった。雰囲気に流されたわけではない。自分の意志だったはずだ。
 アメリカでの生活が始まると、そんなことを考える余裕はなかった。言葉や人間関係に苦労し、ただバスケットをしている時間が幸せで、毎日グッタリするほどだった。夢も見ないくらい眠って、起きたらまた慌ただしい日常が始まる。日本の高校はこちらに比べるとぬるま湯だったと、心底驚いた。
 そんな日本での生活を忘れそうになる頃、花道からハガキが届いた。家族よりも早かった。
「気付いたか…」
 住所のメモに気付き、そしてその内容に吹き出した。思った通りのことを書いてきたからだ。そんな短い文章を、流川は何度か指でなぞった。
 ときどき、花道の手を思い出す。懐かしい思いと、自分では物足りない不満。あの海岸でのキスを、花道はどう思っているのだろう。花道も思い出したりするだろうか。たぶん間違いないと流川はクスッと笑った。寝る前やノートの写真を見ているとき、きっと自分を頭に思い浮かべるだろう。なぜもっと早く打ち明けてこなかったのか。くすぐりがきっかけだったけれど、なぜ体から付き合い始めたのか。
 自分は花道をどう思っているのか、花道はどうなのか。
 言葉にしなくても、お互いに伝わっていると思う。流川はそれでいい、と思っていた。

 

2013.12.30 キリコ
  
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