テレパシー 後日談 

   

 夜に花道は一人で試合のビデオを観ていた。流川は目を合わさないまま、帰っていった。せっかく久しぶりに会えたのに、おかしなことになってしまった。
「晩メシは絶対に家で、って念を押された」
 そう言いながら出ていった流川は、玄関でも振り返らなかった。
 果たして、流川はいつまで日本にいるのだろうか。
「うがあああああ」
 花道は髪の毛を何度もクシャクシャにした。
 久しぶりに会えて、突然で驚いたけれど、まるでサプライズで嬉しかった。二度目のキスも、ちゃんとできた。今日は流川の誕生日だなと思いながら走っていた。結局本人から聞けないまま、そしてお祝いを言わないままになってしまった。自分がそうしたいように、家族だって一緒にお節を囲んだり、誕生日パーティをしたりしたいだろう。仕方のないことだ、と花道はため息をついた。

 前のように、夜遅くに流川が訪ねてこないだろうか。
 花道は妄想しながら、待っていた。バスケのビデオを観ている形を整えて、気持ちは玄関に向いたままだった。
 突然電話の音が鳴り、花道はビクッと正座を崩した。
「まさか…デンワか…」
 流川からの電話だったらいいな、と思って取ると、相手は晴子だった。
 簡単な新年の挨拶や、夜遅くに申し訳ないなどの言葉を、花道は意外なほどぞんざいに聞いていた。
「あのね、流川君が帰ってきてるって、本当?」
 やはり流川のことか、と花道は俯いた。見学者からの噂がいつか晴子にまで届くのでは、と思っていた。そして、一緒にいた自分に聞いてくるかもしれない、と。
「あ、ハイ…なんか突然現れました…」
 正直に、花道は答えた。
「いつまでいるのかな…」
「さ…さあ…」
「桜木君…教えてくれたらよかったのに…」
 珍しく、晴子がトゲのある言い方をした。確かに朝の時点で知らせていれば、確実にコートで会うことができただろう。自分はそんなことを思いもつかなかった。晴子のことを思い出す時間もなかった。
 今や、晴子と自分はライバルなのだ。そう考えると、花道は急に汗が噴き出してしまった。
「あ、あの…スミマセン…です…」
 かえってごめんなさい、と晴子が慌てて謝る。
 そのとき、玄関のベルが鳴った。待っていたベルかと思うと、花道は慌ただしく電話を切った。
「あ、晴子さんスンマセン、誰か来たので…」
 ガチャンという音と同時に、勢い良く立ち上がった。今日は桜木軍団ではない。流川しかいない、と思う。と思わせておいて、本当に新聞勧誘だったら自分は立ち直れないかもしれない。花道はしばらく玄関の前で立っていた。
 玄関を開けると、期待していた流川だった。
 嬉しくて顔が緩むけれど何も言えなくて、花道は無言で道を空けた。
 夕方までと違う格好をした流川が、慣れた様子で花道の部屋に向かった。
 電気がついたままの部屋だったけれど、流川は上着を脱いでいつも着ていたパーカーを取った。パーカーの下には、見覚えのある自分のTシャツがかけられていた。
 夜の流川だ、と花道はゴクリと唾を飲み込んだ。自分は電気を消す係りになろうか。そう思ったのに、流川は定位置に座ってビデオを見始めた。
 肩すかしをくらったかのように呆然として、花道は立ちつくしていた。その様子に、流川はテレビを見たまま初めて口を開いた。
「さっきの試合、途中だった」
 花道率いる湘北の試合だった。本当にそれが目的で来たのだろうか。
「…それだけ?」
 声に出さずに呟いて、花道はゆっくりと座った。横目でチラチラと流川を確認しながら、花道もビデオを観た。ときどき流川から質問が来て、そのときの様子を伝えた。

 流川にも、どうしたらいいのかわからなかった。ただ気まずいままアメリカに戻るのは不本意で、家族の反対を押し切って花道に会いに来た。そのまま夜に突入するのが面白くなくて、ビデオを観たけれど、これからどうしたら良いのか。自分から花道を押し倒してみるか。そんなことを考えているときだった。
「あの…ルカワ…」
 おずおずと花道に話しかけられて、流川は考えるのを止めた。花道が打開しようと努力していることに気付いたから。自分も意地を張っている場合ではない。
「…なんだ…」
「た、誕生日…っていつ?」
 流川はやっと花道の方を向いた。ようやく見た花道の表情は少し照れているようだった。
「…1月1日…」
「きょ…今日だよな!お、おめで、とう…」
 歯切れの悪い言葉だったけれど、流川の胸は暖まった。花道の驚きは少なくて、知っていたのだろうと思う。敢えて聞いてきたのか。
「…テメーは?」
「お…オレ…は、4月1日…」
「…エイプリルフールか…」
「……うん…」
 流川も花道の誕生日を知っていた。けれど、お祝いを言ったことはなかった。
 それから血液型を教え合って、家族のことや好きな食べ物とか苦手なこととか、そんなことを話し合った。花道は、流川がこういう質問に丁寧に答えてくれたことに驚いて、感動した。
 キスしていいか、と聞けなくて、花道はじっと流川の唇を見つめた。強くテレパシーを送れば、流川にはわかってもらえると思う。隣に座っている流川が体の横に手を付いて、ほんの少し上体を傾ける。ああ、伝わった、と花道は嬉しくなって、自分も同じようにする。三度目のキスは、コタツに入りながらだった。
 ゆっくりと流川の体を押し倒すと、特に抵抗もなく覆い被さることができた。じっと見上げてくる黒い瞳から、花道は目が離せなかった。
「電気消せ」
 そんな指示は初めてだった。立ち上がるのが嫌で、花道はそのままもう一度キスをした。
 

2013.12.30 キリコ
  
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