昔話1
ホントーなら…(表現技術があれば…ですな)
「アメリカの話」と「昔話」の文章の色を変えるのは良くないかなーと思うのですが…
言い訳から入ってる時点でどうよと思うんですが!
「昔話」の文字の色はちょっと薄くしています…
その日は、湘北高校バスケ部のプレーヤーとしての最後のチャンスだった。流川も、もちろん花道も全力を出しきったと思う。格上の対戦チームだとしても、勝てる機会はあったのだ。プレーをすべて思い返しても、そう思えるのに。
3年生の冬の選抜は、最後のチャンスで、そしてそこで終わってしまった。すすり泣きが聞こえるチームの帰宅途中、流川は学校へ戻すべき荷物を一人で引き受けた。最高学年で、しかも最高のプレーヤーにそんなことをさせまいと後輩達は躍起になったが、無口な先輩は無言のまま行動した。後輩達はしばらく唖然とした後、その後ろ姿にまた涙が出た。
もうすでに年末も押し迫っていた。
流川は学校に戻るなり、体育館へ向かった。いつもの練習着に着替えて、これから部活が始まるかのような体勢だった。試合後の荷物を片づければ、試合が嘘のように思えた。たった一人の体育館は珍しいものではない。バウンドするボールの音が心地よく、自分を集中させるものだった。
今日が、最後だから。
流川はそれほど深く考えずに学校に戻った。けれど、中学時代もそうだったように、この体育館でプレーできる期間には、終わりが来るのだ。
今日の試合で勝っていれば、もう少し終わりは延びたけれど。始めたとき、すでに周囲が暗かったせいか、流川には時間の感覚がなかった。荒い呼吸を整えるために壁にもたれていると、それまで静かにしていたお腹が存在を訴えた。気が抜けた証拠だと流川は自分で呆れた。何時間でも、1日中でもプレーしていたいのに。
「おい…いつまでやるつもりだ」
一人と思っていた空間に突然別の声が聞こえて、さすがに驚いた。声の主が花道だったことにも。
「…ったく、何時間やってやがる。試合のあとだってのによ」
流川は花道が体育館の隅に座っていることに初めて気が付いた。いつからそこにいたのだろうか、そんな疑問しか思い浮かばなかった。
「試合のあとはよ、ムチャしたらヘンな疲れが残るって云われただろーが。だいたい、ただでさえ体力のねーオメーがよぉ」
花道の言葉を流川は全く無視して、上がる準備を始めた。
もう満足したのかと問われてもわからないけれど、花道の声が響く体育館は、自分がよく知る湘北高校のそれだった。
「って、聞いてンのかよ! こらルカワ!」
怒るくらいなら、最初から近づかなければいいのに。3年間同じことを繰り返す花道に、流川は盛大なため息をついた。最後の締めくくりが花道の登場というのも、なぜか納得できてしまい、心の中で小さく笑った。部室で着替えようとする流川の近くで、花道はまだ何かしら訴えている。ギャンギャンうるさいと思うのに、今日は反論する気にならない。相手にしないでいると、花道はますます吼えるのだ。
「おい!」
「……聞こえてる」
「テメー! チガウだろ!」
花道の言わんとすることもわかる。こんなコミュニケーションも日常だったから。
流川が汗を拭いた素肌にシャツを通そうとしたとき、花道の声が突然落ち着いたものになった。
「おいルカワ」
「……なんだ」
何事だろうと初めて花道の方に振り返った。
「…オメー……これ着てみろ」
花道は、自分の足下にあったはずの流川のバッグを取り、その中から今日着ていたユニフォームを取り出していた。
「…ふざけんな、どあほう…」
汗をたっぷり含んだ赤いユニフォームはいつもより黒く見えた。もっとも、月明かりだけの部室で見ているせいかもしれないけれど。
「なあ……着ろって」
「…イヤだ」
花道の強引さは、流川の頑固さの上を行った。着ようとしていた制服をロッカーから奪われ、挙げ句の果てに今着ていた短パンまで下着ごと引きずり下ろされたのだ。
「テメー……何考えてやがる」
靴下だけの姿で尻餅をつかされた流川は、さすがに本気でキレ始めた。けれど、ほとんど素っ裸の自分があまりにも情けなくて殴りかかることもできない。椅子に座った花道は、自分の荷物をすべて窓の方に投げて、底意地の悪い笑顔を向けている。流川にはそう見えた。
もしかして、これは「いじめ」なのだろうか。花道はこれまで自分に対して好意的だったことはなかったが、こういう嫌がらせをしたことはなかった。花道はわざわざこんなことをしに自分に会いに来たのかもしれない。そんな考えに至ったとき、流川は負け試合のことよりも、この男を少しでも認めていた自分に腹が立った。
唯一残された道は、花道が手に持つユニフォームだった。不思議なことに、他人の汗だらけのそれを、花道は投げ出さなかった。そのことに流川は後で冷静になってから気が付いた。冷たいユニフォームは、もう二度と着ることもないと思っていたものだ。
自分のナンバーを見下ろし、流川はそこにそっと触れた。その動きは柔らかく、愛おしむように花道には見えた。
無理矢理着せられたせいでまた袖を通したユニフォームを、流川はしばらくじっと見つめた。
「ルカワ…」
流川が俯いている間に、花道はすぐ近くに移動していた。今度は殴り合いでも始める気だろうかと、流川は少し身構えた。
勢い良く自分に向かってきた両腕を、反射的に払いのけようとした。けれど、予想とは違う動きのせいで、流川の手は空打った。
花道は、流川の肩を両腕で抱き、強い力でしがみついた。
冷たく震え始めていた自分の体が、急に温かい存在に巻き付かれ、流川は大いに戸惑った。両目を強く見開いて、花道の次のアクションを考えた。
けれど、花道はじっと動かなかった。
「…桜木?」
耳元で呼んでみると、初めて花道が洟を啜る音が聞こえた。泣き声を我慢しているのがわかり、流川はまた驚いた。
試合の後、高ぶった気持ちで抱き合うことはある。けれど、部室で、2人きりのときにそうされて、流川はどうしていいのかわからなくなった。タイミングを逃した自分の両腕が花道の背中に見えて、その行き場を考える。ここは同じようにするところなのだろうか。ついさっきまで、いじめに遭っていた自分が。
「ユニフォーム…」
流川がつい口にした単語にも、花道は反応しなかった。
なぜ、ユニフォームに着替えさせられたのか。今なら少しわかる気がした。
試合用のそれをコート以外で着ても、意味はないのに。自分のユニフォーム姿を見ればいいじゃないかと流川は思う。わざわざ素っ裸にまでしやがって。
なんて不器用な男だろう。独りでいたくないのなら、素直にそう言えばいいのに。
「…ウチに来ねぇか…ルカワ…」
「………別にいーけど」
自分よりも感傷的なこの男に付き合う気はないのに、流川は目を閉じて、花道の背中に両腕を回した。どのくらいそうしていたのかわからなかったが、流川の体が震え始め、花道は慌て始めた。自分の手が掴む肩が、冷たかった。
どうやって離れればよいのかわからず、花道が瞬きを繰り返したいたとき、廊下で見慣れない明かりが見えた。2人とも驚いて、お互いの体をきつく抱きしめた。
警備員の巡回の光だとわかっても、2人は安心できなかった。何しろ、下校時刻というものがとっくに過ぎていることもわかっていたし、だからこそ部屋の電気も付けていなかったのだ。お互いにシーッと言い合って、光が遠ざかるのを待った。静かな部室では、密着した胸から心音が大きく聞こえるように感じた。
花道は、流川の手のひらが力強く自分のガクランを掴んでいることに、妙に胸がざわついた。さっきまでのしんみりとした雰囲気が嘘のように、花道には別の気持ちが浮かんでしまった。流川の首筋からは、流川の汗の匂いがするのだ。何を今更、と思うのに、花道は自分の両腕を引っ込めることができなくなった。
流川は気付かれなかった安堵から、小さくため息をついた。力の抜けた体を花道に預けながら、ガクランを握りしめていた手のひらをあっさりと花道から離した。
「……おい…テメー…」
いつまでも離さない花道に、流川は低い声で抗議した。花道はそう思った。
「ちょ、ちょっと待て…」
「……トイレ行け」
「………はっ?」
流川の言葉がよくわからず、花道は首を傾げた。それでも、流川の肩を抱いたままだった。
それ以上、流川は説明しなかったけれど、花道もすぐに気が付いた。
自分の分身の異常な高ぶりに。
「こ、コレはっ そのっ」
流川は花道の体を押した。動揺して自分から離れられないのかと思ったから。
「疲れマラだろ」
さらっと言った流川に、花道の両目は大きく見開いた。あの流川から、そんな単語が出てくるとは思わなかったのだ。
「う……その…」
「…いいから、さっさと行けよ」
すぐ隣で、興奮状態のままいられるのが嫌で、流川は無表情のまま促した。
自分の荷物を取り戻し、冷たいユニフォームともおさらばしようとしていた流川は、花道が立ち去らない理由を考えた。明らかに勃起していたのに、そのまま落ち着くのを待つのだろうか。まあ自分には関係ない、と流川はシャツのボタンを留め始めた。
背後が温かくなって、流川は顔を上げた。花道が近づいたのはわかっていたが、また抱きつかれるとは思わなかった。
「テメー…ふざけてンのか」
「ルカワ…オメーはなってねーの?」
そう言いながら花道の両腕は、流川の分身を掴んだ。
「ヤメロ、どあほう!」
花道は、こんなことをする自分を最低だと罵った。けれど、自分の分身を舞い上がらせたのは、間違いなくこの流川なのだ。八つ当たりのようだけれど、流川に責任を取ってもらおうとした。流川の下半身はユニフォームの短パンを履いている。けれど、下着は着ていない。だから、薄い布越しに、流川の分身をはっきりと感じた。
身を捩って逃げようとするけれど、覆い被さる花道の方が大きく、力も強かった。荒っぽいことをするくせに、指先だけは遠慮がちに触れてきて、流川は自分の分身が反応し始めたことに目をきつく閉じた。そのせいでかえって意識がソコに集中してしまい、今度は声を出すまいと流川は強く決めた。
自分の臀部あたりに当たる花道の分身が限界に近いことがわかる。耳元で荒い呼吸を繰り返されて、流川は耳を閉じる方法はないものか考えた。
花道の、聴いたこともないようなうめき声の後、自分の背中に生暖かいモノを感じた。背筋がゾッとするような嫌悪感が上がったのに、花道の指が分身の先端を強く握ったせいで、自分もユニフォームの中に放ってしまった。
流川は目を閉じたまま、その場に座り込んだ。
試合にフル出場して、何時間も練習したあと、その気もなかったのに射精させられた。予定外の体力消耗に、流川は肩で呼吸することしかできなかった。
その間、落ち着いたのか冷静になったのか、花道は無言のまま後始末をする。自分のモノも流川のモノも、すべて流川の体に付着している。申し訳なく思いながらも、また興奮し始める自分の体に、花道はだんだん自信をなくしていく。こんなに鬼畜な男だったのだろうかと。
さっきも、下半身丸出しの流川を見たのに。そのときは、何とも思わなかったのに。
いま、また同じような構図に、自分は明らかに動揺している。鼻血が出そうだった。
結局、シャツもユニフォームも花道に取られ、流川はTシャツに制服という姿で立ち上がった。フラつく体を花道が支えると、流川は逃げはしなかった。けれど、もしかしたら、もう口も効いてもらえないかもしれない。花道にはすぐにそんな考えが浮かんだ。
「…テメーが運転しろ…」
「……はっ?」
花道の頭に疑問符が浮かんでいる中、流川は黙って自転車のカギをぶら下げた。
この男はわけがわからない。以前から思っていたことだけれど、今日ほど予想がつかないことをする花道に、戸惑うのだ。戸惑いながら、自分は振り回されているのだ。花道の背中を見つめながら、流川は自分の家よりも遠い花道宅に連れられて行った。
独りでいたくないのは、自分の方なのかもしれない。流川はきつく目を閉じた。