昔話6
花道が首筋に顔を埋めてきて、流川は自然と反対方向を向いた。体重差があるはずなのに、このときはそれほど感じなかった。耳元に口を寄せられたのは初めてで、体が勝手に縮こまる。それがわかったらしい花道は、同じところを攻めようとする。
両腕を、花道の両腕で取られ、万歳の格好を取らされる。自分は逃げたりはしないのに。けれど、逃げ出したい気持ちになることもあった。体が自分の思い通りにならないのは、想像以上に恐怖だった。花道が恐いのではない。与えられる快感に素直になるのが何となく許せなかった。それでも、流川はこれまで抵抗したことは部室のとき以外なかった。
セーターを捲られるのは初めてで、何をするつもりなのか身構えた。流川とて大人向けのビデオを観たことはある。そういえば、そういう順番だった気がするのだ。花道が胸の突起を含むまで、流川はそんなことを考える余裕があった。
男同士でもそういうことをするのか。流川は身を捩りながら、目を強く閉じた。いつものように、下半身だけでいいのに。
花道は、いつも下着ごと脱がしてしまう。乱暴のようでもあり、性急のようでもあると流川は思っていたが、ゆっくりされる方がよほどつらいと実感した。ジーンズのせいだろうか。花道はジーンズを太股あたりまでずらしたのに、下着はそのままだった。布越しに指が触れてくる。そのじれったさに、流川は文句を言いたい気分だった。
けれど、それほど長い時間でもなく、いつものように花道は動き出した。また靴下だけの状態にされて、流川は予想していたことに到達し、少しホッとした。
お互いのモノが直接触れあうのはこれが初めてではなかった。けれど、それは何度目かであっても強烈な感覚をもたらすのだ。流川は自然と出てくる声を、必死で押さえようと唇を噛んだ。自分の上で花道の鼻息が荒いことに、何となく安堵した。
花道の指が遠慮がちだったのは、最初に触れられたときだけだった。流川の弱いところを覚えてきたらしく、親指の腹でよく擽られる。こんなときでも、負けるものか、と流川は頑張るが、これまで勝てた試しはない。花道が、おそらく自分の都合が悪くなったときに、流川だけを攻めるからだ、と流川は思っている。今日も、やはり自分が先に果てるだろうと諦め、流川は首を仰け反らせた。
これまでなら、この後花道は自分の腹部に擦り付けたりして、自分の上に放っていた。今日もそうくるのだろうと、呼吸を整えながらじっとしていた。
違うぞ、と気付いたとき、流川はうっすら目を開けた。
花道を見上げると、目はきつく閉じられていて、限界が近いことがわかった。けれど、花道の分身がいつもと違うところにあって、流川は少し戸惑った。
自分を見ていないことに勇気を得て、流川は自分の下半身をチラリと見た。
花道のモノを見るのは、これが初めてだった。電気の下で影にはなっていたが、それでもはっきりと見えてしまった。それが、まるで自分を貫くように動いていた。これが世に言う「すまた」なのだと、流川は冷静に考えた。
最初からそこを目指したわけではなさそうだった。流川の体に擦り付けている間に、滑り込んでしまったのだろう。流川は、薄目のまま、花道がイクのを待った。
「クッ」
という短い声と同時に、花道は流川の太股の奥に放った。
いつも自分は半分寝た状態だったので、花道のアノ声を聞くことはほとんどなかった。
妙に、心臓がドクドク言っていた。
それからの花道はいつも通りだな、と流川は思った。眠かったところに射精させられ、いつでも意識を手放せる気がした。けれど、花道がそれを許してくれないのもわかっていた。
花道は流川を引きずって、予想通り風呂場に向かった。
立ち上がったとき、太股に何かが流れたのを感じ、流川は一瞬止まった。花道の力の方が上で、すぐにまた引っ張られたけれど。
風呂場で、花道はいつも石けんを付けて洗った。自分はただ立たされていて、壁をつかむ以外何もしない。今日もそうだったけれど、いつもと洗うところが違うのだ。
花道は、たぶんわざとではなかったように思う。
流川の股の間を洗っている指に、ひわいな動きはなかったから。
けれど、その動きに、流川の方が参ってしまった。
まさか、タマの裏側。そんなところ、誰にも触れられたことはない。意外にもそこは性感帯らしい。流川は急に頬が熱くなり、下半身が怪しくなってきたことを自覚した。
暗いままの風呂場でも、花道にもそれがすぐに伝わり、真面目な動きだった指がしつこくそこを撫で始めた。止めてほしいとも続けてほしいとも言えず、流川は蛇口をギュッと掴んで座り込んだ。
花道の指が排泄器官の周囲を回り始めたとき、流川の背筋がゾワゾワとあわだった。嫌悪ではなく、明らかな快感に、流川は俯くことしかできなかった。
せっけんでツルツル滑っていた指が、ゆっくりとソコに入ってくるのがわかった。何をされているのかも、すぐに思い当たった。そういう店があるんだぞと、流川は花道にウンチク垂れる自分を想像した。けれど、花道の指はきっとお店でされるようにスムーズにはいかず、しばらく流川の中を掻き乱した。それはそれで不思議な感覚で、流川の分身が限界を訴えて震え始めた。
実は花道は、中でどうしてよいのかわからず、それでも新しい攻め場を自分なりに楽しんでいただけだった。だから、流川が急に高くて、いつもより長い声を上げたとき、花道はただただ驚いたのだ。
そこが、前立腺だと、あとから気が付いたけれど。
自分に背中を向けた流川が、エビのように仰け反る姿は、花道には官能的だった。素直に出された声に、花道も突然限界を迎えた。
この男は、こんなにも色っぽいのかと、また自分の分身が力を擡げてくるのがはっきりとわかった。
けれど、指から逃げようとしたのか、湯船の縁にしがみつく流川の呼吸は荒く、これ以上は無理だろうとすぐに判断する。自分を抑えることができることがわかり、花道は自分が男らしいと思えた。改めてシャワーで流す間、流川は立つこともできなかった。
花道はその脇を支え、脱衣所でバスタオルをかける。濡らすつもりのなかった顔に水が飛んでいて、顔から順に拭いていく。流川はぼんやりとしたまま、されるがままだった。
「あ…その、服取ってくっから」
花道が素っ裸で出ていく姿を、流川は見た。
同じ回数イッたはずなのに、やはり花道の方が元気らしい。
おそらく、自分の体をろくに拭かないまま部屋に戻ったはずだ。
下半身丸出しだぞ。
流川は、「フルチンの花道が、自分の世話を焼く」という姿を想像し、それがあまりにもおかしくて、声を出して笑った。もっとも、体に力が入らないので、弱々しい笑い声だったけれど。
花道が大急ぎという体でドアを開けたとき、その「フルチン」の花道が本当に分身を揺らしていた。文字通り、「振るチン」だ。そのことがまたツボに入り、流川はもたれていた洗濯機からズレ落ちそうになった。
一方、花道は、笑われている理由など考えようともしなかった。
笑っている流川自体があまりにも珍しくて、つい本人か確認しようとしてしまったぐらいだ。
「…ルカワ…?」
俯いて笑い続ける流川は、花道の方を見なかった。
花道は、素っ裸のまま体を隠すこともせず、ゆっくりと流川に近づいた。
右手を流川の頬に当てると、少し顔が自分の方を向いた。目を閉じていたけれど、綺麗な笑顔が目に飛び込んできて、花道の心拍は跳ね上がった。
「…ル…」
声をかけようと思ったはずだった。
けれど、花道は、流川に覆い被さって、ぶつけるようなキスをした。
驚いたらしい流川が少し仰け反って、ますます花道がのし掛かる。
互いの丸出しの下半身がすれて、花道はまた下腹部に熱が集まっていくのがわかった。
けれど、このキスは、そんな意味じゃない。純粋なキスなのだ、と自分に言い聞かせた。
しばらく押しつけていた唇から、流川は逃げなかった。
流川がくしゃみをするまで、そのままじっとくっついていた。
流川をストーブの前に座らせて、花道はまた走り回る。持っていった着替えを、結局また取りに戻ったのだ。二度手間、と呆れながら、未だ何も着ていない状態に、また笑いそうになった。脱衣所での時間はそれほど長くなかったと思うのに、流川の肩は冷たかった。頭から被ったバスタオルにくるまるように、流川は背中を丸めた。
いくら体がだるくても、着替えくらいは自分でできるのに。
そう口にするのも億劫で、流川は花道のしたいようにさせていた。人に服を着せられるのは、たぶん子どものとき以来だ。座ったまま脚を上げたり、万歳させられたり。花道といると退屈しない。流川は目を閉じたまま、そんな風に考えた。
背中に暖かみを感じて、流川は薄目を開けた。目の前のストーブも確かに温かかったが、後ろからの包み込まれるような温もりに、流川はうっとりと目を閉じた。
他人とこうして触れあったことはなかった。
腹部あたりで組まれていた花道の両腕が、静かに髪を撫で始めた。
前髪を掻き上げられて、こめかみあたりに触れたのはきっと唇だろうと思う。
力無く、されるがままにしていると、少し傾けた頬に花道の頬が乗せられた。
温かい男だと思いながら、流川は全身を花道に預け、そのまま眠りに落ちていった。
『洗濯機の上で初ちゅう』
という発想。我ながら気に入ったです(笑)