昔話7

   

 花道は、ずいぶん早くに目が覚めた。緊張したり、何かあると眠りに影響が出る。そんな自分の特性をわかっているが、未だ対処に苦労する。
 今日は、試合があるわけではないので、多少の寝不足は平気だった。

 昨夜、といっても、日付は今日だった。花道は、コトが終わったときにTV画面から新年の挨拶を聞いたのを覚えている。バスケットの試合終了には気付かず、勝手にテープは巻き戻っていた。
「ってことは、元旦か…」
 今日は確かに一年の最初の日だ。花道は、自分の初めてのキスの日にちを確認したかったのだ。
 すぐ隣で、規則正しい寝息が聞こえる。昨日、この大男を抱きしめながら、ふとんに入った。自分より多少小さくても、身長もでかくて、ふとんに入れるのに苦労する体なのに。
「…スゴイコト…」
 もの凄いことをしてしまった気がする。これまで仕入れてきた知識の中で、永久に使わないんじゃないかと思っていた部類の、すごいコトだった。
 おかしいと思う。
 自分は、誰かを好きになったら、告白をして、OKをもらったら、手を繋いで登下校する。それが、花道の憧れだったはずだった。
 自分は、いつの間にか男が好きになっていたのだろうか。
 花道は天井を見ながら、改めてそんな自分を想像し、大きく首を横に振った。
 違うのだ。この男は、別なのだ。
 流川楓に告白するような気持ちはないはずだった。だから、当然「お付き合い」という展開にもならないし、登下校もなくて当然なのだ。花道は、そういうのをすっ飛ばしてこうなったのか、と最初は落ち込んだ。
 けれど、全く違うのだ。
「…どーチガウってンだ…」
 自分は、この男に、キスをした。
 気持ちが溢れてきて、それが行動に出たとき、花道は流川を抱きしめていた。愛しいとか労るとか、そういうのでもない。そこに、気持ち悪いもなかった。
「…な、なんでだ……?」
 わからないけれど。
 一緒に眠るのは温かくて心地良い。
 これだけは素直に認めることが出来た。

 花道は起きあがり、朝食の準備を始めた。きっと流川はまだまだ起きないだろうけど。先に食べて、一人でコートに出ようと決めた。
 いつもなら、というほど長く一緒にいないのだが、この一週間、花道は流川の目覚まし時計だった。まるで時計を止めてまた寝入るかのように、花道に生返事をしてはまた微睡んでしまう。合宿の時はもう少しちゃんと自分で起きていた気がするのに。
「とーみんギツネ」
 何度もそう呟いた。
 けれど、今日は、起こさないでおこうと思った。
 流川の体が心配、と思った自分を、すぐに否定した。顔を合わせるのが気まずいから、と考えた自分を、すぐに打ち消した。自分には、やましいことは何もないはずだ。いろいろ手を出したのは自分だが、流川は抵抗しなかったのだ。だから、謝る必要もないはずだし、それについて言い訳する義理もないのだ。
 花道は自分に一生懸命そう言い聞かせてから、部屋を出た。


 流川が目覚めたとき、時計は11時30分だった。
 他人の家で寝すぎだろうと思ったが、同時に今日は起こさなかったのだろうかと不思議に思った。花道の目覚ましを頼りにしているわけではないが、いつも蹴飛ばす勢いで起こすのに。
 部屋の中はシンとしていて、人の気配がない。また買い物だろうか、それとも一人でコートに出たのだろうか。
 流川は花道の不在をそれほど気にせず、もう一度目を閉じた。
 夕べは凄いことをした。
 花道が思ったことを、流川ももちろん感じていた。
 一度にいろんな経験を積んだので、頭の中が嵐のように渦巻いて整理できないでいた。驚いたり、拒否したり、それともやり返したり、するべきなのだろうか。流川は驚く以外のことをしなかった。それでも花道は何も言わないし、何かをしてほしい動作も見せない。だから、これで良いのだろうと思った。
 けれど、カッと目を見開いて、すぐに疑問に思う。
「これで…いい…のか?」
 こんなことをして良いのだろうか。
 このコトは、花道と自分しか知らないのだし、誰に迷惑をかけているわけでもない。自分たちが納得しているのなら、それでいいのだろう。
「……ナットク…」
 果たして自分がそう思っているのか、流川は自分で自分がわからない。
 とにかく、花道に身を任せることが、それほど嫌なことではないのだ。だから、また花道がそうするのなら、自分はまた黙っているかもしれない。今のところ、あの男は非道いことはしてこないから。
 流川はため息をつきながら、起きあがった。
 日常生活に戻ろうとすると、夜のことは全く夢のようだった。
 顔を洗って、用意してあった朝食を勝手に食べる。花道がいなくても、この部屋で過ごせるようになってきていた。
 食べ終わったら、コートに出よう。
 今頃になって置いて行かれたことを不服に思う。流川は素早い動作でジャージに着替えた。
「む……カギ…」
 花道を追いかけようとしたけれど、この家から出られないことにようやく気が付いた。さすがに余所の家を開けっ放しで出るわけにはいかない。
 きっともうすぐ腹を空かせて帰ってくるに違いない。
 流川は大きなため息をついて、テレビを付けた。

 流川の耳は、花道の足音を覚えてしまっていた。賑やかな足音とよくわからない鼻歌交じりが多いが、軽やかに階段を上ってくる。その音を、流川は待っていた。
 しばらくして、聞き慣れない足音が聞こえて、花道ではないことに舌打ちした。それがまさかこの部屋を目指しているとは思わなかったから、ノックの音にかなり驚いた。
「花道ー? いるかー?」
 あまり話したことがない相手でも、誰かはすぐにわかった。
 水戸洋平と、桜木軍団に違いない。
 この場合、自分はドアを開けるべきなのだろうか。居留守の方がいいのか。
 流川が躊躇っている短い時間に、桜木軍団が玄関のドアを勢い良く開けた。
「よぅ、はなみ…ち……アレ?」
 居間に立っていた巨体は、自分たちの親友ではなかった。そのことに、4人とも大きく目を見開いた。
「…ルカワ?」
「………うす」
 ぎこちない挨拶をされても、洋平でさえ驚きから戻って来られなかった。
 この部屋の客人としては、あまりにも意外すぎたから。
「……その…花道は?」
「………いねー」
 花道がいないのに、流川が花道の部屋にいる。誰も理解できない展開に、それぞれが顔を見合わせるばかりだった。

 

 

 



2008.9.19 キリコ

  
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