昔話9

   

 冬休みの間、花道と流川は同じような毎日を規則正しく送った。隔日で花道の家に泊まりに来ることも、年末と同じだった。桜木軍団については、どちらも何も言わなかったし、聞かなかった。表面上、2人の世界に変化はなかった。
 ふとんに入ってからの決まり事のような情事も、それ以上進まなかった。ただ、風呂場でするとお互いがかなり冷えてしまうので、すべてをふとんの中でするようになったくらいだ。
 流川は、最初にそうしていたように、ただ黙って目を閉じて、花道にされるがままだった。電気を消していても、とにかく見られたくなくて、流川はうつ伏せになることが多い。枕に顔を埋めて、枕にしがみつく。出てくる自分の嬌声が抑えやすいことがわかったから。
 一方、花道は花道でかなり努力していた。あれから少し知識を取り入れたのだ。何しろ、簡単ではないことをやろうとしていて、いろいろ物品がいるらしいのだ。自分が先にやりたいと思った以上、自分が勉強するしかないと思ったから。花道は、シーツの上にバスタオルを敷いて、石けんの替わりになる潤滑剤のようなものを探し出した。これで、ストーブ近くで素肌を晒すことができると考えたから。
「……タイヘン…なモンだな…」
 こういうことは、想像以上に大変なのだ。花道は、誰にも相談できないまま、自分なりに工夫しているつもりだった。何しろ、目の前の相手は、受け身一辺倒だったから。
「…テレてやがるな…」
 そう考えて、花道はニヤリと笑う。主導権を握るのは、花道の望むところだった。

 
 3学期が始まると、冬休みの間のように2人きりでいることは難しくなった。
 もしかしたら、これで「現実」に戻るのかもしれない。花道は制服を着ているとき、ほんの一瞬そんなことを考えた。けれど、「夢」の世界にどっぷり嵌っているのは、自分なのだ。流川が逃げない限り、終わらないのではないだろうか。花道は首を傾げながら、学校へ向かった。
 久しぶりの学校に、それほど感動はなかった。ただ、最後の学期で、同級生は進学やら就職やらで余裕がない時期らしかった。自分や流川、そして桜木軍団には、そんな気配はないけれど。
 部活のない放課後は退屈で、花道はさっさとコートに出ようと家へ急いだ。校門付近で、人だかりを見つけて、何事だろうと花道は近寄った。若い女の子たち、それも自分たちの高校の制服だけではなかった、その集団が、一人の男を囲んでいた。とても迷惑そうな顔をした流川は、頭二つ分くらい飛び出ている。だから、誰の目にもわかった。
「…新学期早々……やけにモテてンな…」
 さすがの花道も、この囲まれ方が不思議に思え、毒づくよりもただ驚いていた。昔からよく女子生徒も見事にシカトしていた流川だが、この状況では歩くこともできないだろう。自転車を捕まれて、きっと取り押さえられているに違いない。
 あまりの現状に、花道は小さく笑った。あれは、同情すべき姿かもしれないから。
「…おいキツネ」
 花道は余計なお世話を承知で、その輪の中に声をかけた。振り向いた流川はバツの悪い顔をしたけれど、特に助けを求める風でもない。放っておこうか、とも思ったけれど、いつまでも女の子に囲まれている流川に、なぜだか胸がムカムカした。
「…このヤロウ」
 低い声を出して、流川の腕を無理矢理掴む。その怒号に、女子生徒たちは悲鳴を上げて離れはじめた。それでも、流川の後ろの方から、花道に非難の声が投げつけられた。
「桜木花道! 流川くんに近づかないで!」
 というような内容の、しかも大勢の声に、花道は唖然とした。流川も少し目を見開いて、それからいつもの無表情に戻った。そして、小声で花道に話しかけた。
「…帰るぞ…どあほう…」
「お……お、おう…」
 花道の動揺を余所に、流川は自転車を走らせた。その後ろを、花道はダッシュで続いた。
 学校からかなり離れことを確認して、流川は自転車を止めた。すぐ後ろでは、呼吸を整えている花道がいて、流川は逃げ切れたことにホッとした。自転車の前のカゴには、たくさんリボンのついた可愛らしい箱が入っていた。
「……む…」
 断っても遠慮しても、女の子の方が上手らしい。毎年のことながら、流川はため息をついた。
 そして、落ち着いた花道は、そのプレゼントの山を不思議に思った。
「…な、なんで…そんなたくさん…?」
 いくらモテると言っても、バレンタインでもないのに、その量はおかしいのではないか。花道は無遠慮にプレゼントの箱を取り上げ、リボンに挟まれていたカードを開いた。流川は、怒ることもしなかった。
「なになに……流川くん…たんじょうびおめでとう…?」
 花道が読み上げても、流川は素知らぬ方を向いていた。
「…おいルカワ……オメー、今日誕生日なのか?」
「………チガウ…」
 どこから説明したものか。流川には、これらが誕生日プレゼントだとわかっていた。とにかく、毎年なのだから。
 1月1日に、流川がよく練習するコートにわざわざ来てくれる子たちもいる。そうでなければ、学校で渡すか、他校の子は学校帰りに渡したいのだろう。始業式の日が、一番誕生日に近い日なのだ。
「……部活ンときも…この日だった…?」
 そういえば、と花道は考え込み始めた。
 湘北高校バスケ部では、練習のある日の誕生日の選手は、主将かマネージャーからお知らせとして名前を挙げられる。それは全員だったし、花道も3年部活をしていたので、自分の誕生日も流川の誕生日も聞いたはずなのだ。
 確かに、流川の誕生日につていは、3学期の最初に云われていた気がする。けれど、天敵と思っている相手のことなど、花道は覚えようとしていなかった。まして、花道はこの学年で誕生日が最後なのだ。誰もが自分より年上と思うのが嫌で、人の誕生日は意識しないようにしていたから。
 実際には、流川の誕生日に部活として練習があったことはないので、冬休みの部活が始まった日か、新学期の最初の日だった。
「……ちょっと待て…」
 流川は、花道の考え込むポーズをただじっと見ていた。
 花道の答えを待った方がいいのか、それとも自分から話した方がいいのか。
 きっと今なら、会話の自然な流れだろうから。
「……今日じゃねぇ…ってコトは……昨日か? 一昨日か?」
 結局、花道に問われる形になり、流川は深呼吸の替わりにため息をついた。
「……1月1日…」
「なにっ!」
 このとき、花道はいったい何に衝撃を受けたのか、自分でもよくわからなかった。
 それならば、ついこの間で、しかも一緒にいたではないか。なぜ言ってくれなかったのか。もちろんお祝いすることはできないが、言葉くらいは贈ったかもしれないのに。
 そういえば、あの夜、流川はケーキを持ってきた。あれは、誕生日ケーキだったのか。
「……帰る」
 流川はそれ以上何も言わず、自転車に乗って行った。
 花道はまだショックから抜けることが出来ず、その後ろ姿をしばらく見ていた。
 どうせすぐコートで会うだろうけど。
 それにしても、自分たちの会話は広がらない、と花道はため息をついた。誕生日の話が出たら、「お前は?」とか聞いてくれと、と思う。もっとも、正直に話すのはあまり好きではないけれど。
「…ふん」
 花道は鼻息を荒くしながら、自分の家へ向かった。
 流川について、今日は一つ新たに知った。
 そう気が付いてから、花道は無意識に鼻歌を歌っていた。
 
 

 

 


誕生日……どうでしょうねぇ(笑) ねつ造ねつ造(ぷ)
 覚えやすいので、一度聞いたら忘れなさそうですが…
そこはそれ…天敵ということで…(苦笑)


2008.9.19 キリコ

  
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